フェチ

飲み会の席で、話のネタとしては三番打者くらいの無難さを誇る「フェチ」トーク。

その人がぐっとくるポイントのお話。たとえば

  • 王道のうなじ
  • まぁまぁ人気の鎖骨
  • 少数に強い支持の肩甲骨派
  • 大人になると気づくわき
  • 喉仏
  • 看護師さんに多い血管
  • 匂い
  • 指先

などなど。結構、人によってフェチは多く、まさに、僕が好きな名言「世の中には、人が想像しうるだけの変態が存在する」というものの立証になっている。

しかし、思えば、この自分のフェチズムに出会うのは、まぁまぁ偶然が多いのではないか。つまり、人は最初から「肩甲骨が好きだ」という風に生まれ持つわけではない。いや生まれ持っているのかもしれないが、言語化はできていない(フェチが生得的か習得的なものかはさておき)

あるとき、鎖骨をみて、少し胸がドキドキする。体温があがり、鼓動が早くなる。そのような経験を重ねて、人は「ああ、自分は鎖骨が好きなのかもしれない」と気づく。いわば、アレルギーの発見にも近いものがあるのかもしれない

で、私自身、今まで、フェチはいろいろいってきたものの、実は本当のフェチではなく、その場その場でお茶をにごしてきた。しかし、先日、以下の記事を見て、ふと、あ、自分はこのフェチだ、と気づいたものがある。

«大人の女のポニーテールにグッとくる! – 美的(ビテキ) – X BRAND

それが、髪型。編みこみである(こういうの

確かに、今まで人の髪型を見て「あ、編みこみ良いな」と思うことがあったが、それは、固有的なものであり、普遍的なものではないと思っていた。しかし、思い返すに、それは共通項として存在しているポイントだった。まぁ、当方のフェチの話なんてどうでもいい。

ポイントは、人は意外と自分のフェチに気づいていないのではないか、ということだ。

僕なんざ、今まで散々、この髪型を見てきたけれど、ふとした瞬間まで気づかない。蓄積された自分の経験があるとき、分水嶺を超えて、ながれだし、意識上にあがる。

そう考えると、そうとうマニアックなものにフェチズムを持つ人は、一生気付かずに人生を終えることもあるかもしれない。たとえば、「ドライバーフェチ」とか「八甲田山の空気フェチ」とか。でも、そういう自分の琴線に触れる何かがまだまだ世の中に残っていると想像するのは、なかなかおもしろいのではないか、と思った

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