少子高齢化の社会で投票はワークし続けるのかとかとか

先程の投稿でも書いた「年金」の仕組みにふと思いをはせたり、こないだ名著、サンクチュアリを5度目くらいに読み返していて、さらにいえば、「ハウス・オブ・カード」もみていて、頭が少し政治脳

いまの民主主義制度の仕組みである投票は、原則、「未来は明るい」前提になりたっている制度なのではないかと思った。つまり、人口は増え続ける前提にたっているのではないかと。

なぜなら、いまの日本のような逆ピラミッドの場合、投票で反映されるのは(ひとしく全員が投票するとした場合)、上の世代の民意である。上の世代は、経済学の前提である「合理的人間」を前提にすれば、「死ぬまでに逃げ切ればいい」というモチベーションになるので、「年金のあと送りは嫌だし、社会保障は増やして欲しいし、若い世代の税金は多くしてほしい」というようになる。つまり若い世代に負担をかける仕組みになりやすい。そして、それは「いまだけがよければいい」という仕組みになる傾向にある。これは、「そうなっている」というのではなく、「自分の利益を最大化する」という制度を取り入れるならば、そうなるだろう、という話である。

逆に、人口が増え続けるなら、若い世代の民意が反映されるから、「未来を考えたもの」になる上に、「若い世代のその利益は、次の世代に渡される」ということなので、利益はバトンパスされていく。上の世代にふっかけた負担はいずれ自分たちがかぶることになる。それはそれでうまくバランスが効く結果となる。

日本のこの少子高齢化の社会では、この「民主主義」が国の制度を壊す仕組みになるんではないかなぁとかつれづれに思って(さらにいえば、世界は、いずれ、どこかで人口が頭打ちになると仮定すれば、世界中で起こる問題になるんじゃないかなぁとか)。別に日本の批判をしたいのではなく、制度のバグとして。

そんなことを考えていたら、「若い世代の票の重みを増やす」という投票の仕組み(いわば、年代別の一票の格差是正)が必要なんじゃないか。大学時代でそんなの習ったかな、と思って、検索したら、まさにそのような論文を発見

»「余命投票方式」の移行可能性に関する一考察

「現行の投票方式」から「余命投票方式」に移行できた場合、政治的意思決定の時間的視野が
長くなることから、政府投資割合は増加し、勤労世代や将来世代の効用が改善する可能性
があることが分かった

おー。やはり〜。

※ねんためですが、上記の所感は、いまの与党どうこうや上記の社会方針をどこかの政党に重ねる意図はない

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