沈黙の価値

先日、ご紹介した私の最愛の映画パルプフィクションで、以下のシーンがある。

マフィアのボスの愛人のミアと、ボスの子分のVincentが、食事に行くシーン。ボスが愛人を暇させないために、部下におもりをお願いした、という背景。

そして、2人はレストランにつくが、気まずい沈黙が流れている。

MIA:Don’t you hate that?
(こういうの嫌い?)

VINCENT:What?
(何が?)

MIA:Uncomfortable silences. Why do we feel it’s necessary to yak about bullshit in order to be comfortable?
(気まずい沈黙。なぜ人は気まずさを紛らわせるために、くだらないことをしゃべらなきゃと思うのかしら)

VINCENT:I don’t know.That’s a good question.
(なぜだろうね。興味深い)

MIA:That’s when you know you found somebody special. When you can just shut the fuck up for a minute, and comfortably enjoy the silence.
(でも、もし大切な人とだったら、沈黙を楽しめるわ)

VINCENT:I don’t think we’re there yet. But don’t feel bad, we just met each other.
(まだ僕達はそこまでの関係じゃないよ。でも、気まずく感じる必要はない。知り合ったばかりなのだから)

MIA:Well I’ll tell you what, I’ll go to the bathroom and powder my nose, while you sit here and think of something to say.
(じゃあ、トイレに行ってくる何か話を考えておいて)

VINCENT:I’ll do that.

«Pulp Fiction Script at IMSDb.

上記はそのシーンの動画部分。

中学生の僕はこのシーンを何度も見て、「沈黙を楽しめる間柄って素敵やなー」みたいなことを思っていた。

確かに、知り合ったばかりでは、沈黙はすなわち「お互いに共有事項がない」という気まずさを表す。しかし、ずっと会話が続いていて、ふと生まれたエアポケットのような沈黙、それはまた別の意味を持った沈黙ではなかろうか。

友人で「難しい質問をするのが好き」という人がいる。その人は、すぐには回答できないような質問をする。

たとえば「私が大学生の時にいった国を当ててみて」といったような。

それは知識の問題ではないが、適当に答えられるものではない。今までの会話に出てきたピースを合わせて、正解を見つける必要がある。ゆえに考えこむ。

その友人に「なぜ、そのような質問が好きなの?」と聞いたところ、「人が考えているところを見るのが楽しい」ということだった。

そこで考えている間は沈黙である。しかし、やはり、それは沈黙ではない。何かしらのコミュニケーションが生まれている場である。

あるいは、会話の流れで、「相手が何か話をしたいことを持っている」と気づくことがある。しかし、相手は言い出せていない。そういう時は、ずっと話の返信をしたり、相手が話を止めた時に、質問をかぶせてはいけない。相手は、その話を切り出そうとタイミングを測って、話を止めている。そういう場合は意図的な沈黙が求められる。ドラマであるシーンであれば、あるカップルが破局寸前で、女性が別れ話を持ち出すことを男性はわかっていて、でもその瞬間を出来るだけ先延ばしにしたくて、マシンガンのようにしゃべり続けるシーン、とでも言える。そして、そこでは突然のダム決壊による沈黙が物語にテンションを生む。

ある友人はいう。「理想の恋人像とは、同じ空間を共有しながらも、別々なことをしている2人だ」と。たとえば、同じ部屋にいても、かたや読書をして、かたや仕事をして、というような。ポイントは「もう1人が部屋にいる」という存在を認識していることだ、という。これも、つまりは「2人が共有する沈黙の価値」とでも言えるだろう。

ということで、「沈黙を楽しめる大人になりたいなー」と思ってから、だいぶ、年月が流れたけど、いまだにこの沈黙とは向き合い続けている

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