この星を継ぐ我々


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友人のブログのタイトルで「台風の去った沖縄では、夏がまだ続いていた」というものを見かけて。
その「○○では、○○だった」というフレーズが素敵。なんかキュンと来た。応用を考えた。
「あっという間に秋を通り越して、冬服を用意しなくちゃいけない時期になっても、港区のある一角ではまだ夏が続いていた」とか「金融大恐慌と言われていても、ロリータでチョコラータを飲む彼女の日々は夏に満ちていた」みたいな。
なんだかいい。
さらに応用を考えた。
「大学生が眩しく見える年頃になって、友人が買った結婚指輪の値段を耳にするころになっても、まだ私の心は青春で満ちていた」とか「夢見るころを過ぎても、彼の未来は永遠だった」とか「日本の政治家に希望を持てないという人が増えたとしても、まだシリコンバレーの空は真っ青で、カリブ海では貿易風が吹いている」みたいな。
で、ふと思い出したのが、こちらのブログで拝見した

青天井の未来予想。

というフレーズと

「実現したいことを遠慮なく想像している」

というフレーズがとても好きで。
ドリーミングに成りすぎても世の中は回らないのはわかるのだけれど、でも、少なくとも、私たちには未来を無限と想像する義務があって。不況、不況と言われていても、それでも日々を生き抜く人たちがいて、そして生き抜かなくちゃなんなくて。
故人の歌にもあるように、「涙を流し 瞼を腫らし祈るほかないのか? 」なんて泣き言は言ってられなくて。
あるいは、最近、よく聞くのが「日本をどうよ」というような話で。
つまりは、前提としての「少子化やシュリンクするマーケット、政治的プレゼンスが弱くなっている日本」に向かって、あなたはどうするのか?という設問で。「アジアに出る」「海外に向けた市場を作る」「海外へ行く」という声を聞くと同時に「日本においては、自分がなにができるのか?」という自答を聞く機会も増えて。
これは一種の自浄作用とも取れるし、あるいは、反骨精神の現れかもあるいは、最後のなんとか屁というものかもしれないけれども、議論は侃々諤々、栄光に向かって走るあの列車に乗るわけで。寝言は寝てから言え、と言われても、それでも、人が持つ最大の価値は「希望」というもので。
そこで、恩師の言葉を思い出す。私自身、日本のブランドを10年来、研究していることもあり、少子化の課題がずっと頭にあって。そこで、2001年、認知心理学の恩師に聞いてみた。「少子化をどうとらえるのか?」と。そこで氏がいったのは

「波だよ。いつか戻る」

との言葉だった。本当かどうかはわからないけれど、若かりし頃の私は、何かその言葉に「そういうものか」と納得した憶えがあるのだけど。波は株価に表れるものかどうか分からないけれど、それでも波の上に魔術師はいるし、「歴史は二度繰り返えす。ー度目は悲劇として、二度目は喜劇として」とマルクス先生は仰っているし、ポリュビオスさんの言も引くまでもなくて。
そりゃ、相対的に考えれば、マイナスかプラスへの移動平均線はあるけれども、結局、それっていえば、尺度をどう見るかというもので、第一、その尺度の度数をなににとるかでも違っていて。
少なくともこの地球という「星を継ぐものとして現代に生きる我々としては、この時代も継ぐ者なわけで。
そして、それを故人は「陽はまた昇る」と喝破したんだよ、多分ね。

この星を継ぐ我々」への2件のフィードバック

  1. TT

    ご無沙汰しております。
    連綿と続く歴史のなかで、私たちもその歴史を紡ぐ一つのファクターなんですね。素敵。
    お体にお気をつけて!

    返信

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