書籍に眠る黄金を探せ(塩麹の浅利妙峰さんのエピソードより)


録画していたカンブリア宮殿をみていたら「塩麹の会」があった。「ほー」と思うことがあったのでメモ。

»カンブリア宮殿【"飲む点滴"甘酒・塩こうじブームの生みの親&感動ニット】 | 読むテレ東:テレビ東京

主役は、塩麹ブームの火付け役、大分県の老舗麹屋「糀屋本店」の浅利妙峰。女社長。

この老舗は麹(こうじ)を売る店だったのだが、塩麹がうまれる前は、経営がかなり悪化していた。麹が売れなくなっていたのだ。しかし、次男が店を継ぐという。そこで、女社長は、「このまま渡せない」と起死回生の発明を探していた。

そのアイデアの元としたのは過去のあらゆる書籍だった。「何かいいアイデアはないか」と探す。その中で、本朝食鑑という書籍に塩麹に関する一行を発見。それで「塩麹だ!」と思い、そこから、塩麹を開発していった。

しかし、その本には当然、配分量も書かれていない。塩と水と麹の配分量がわからない。そこで半年以上、彼女は配分を試してやっと黄金比率を見つけた。さらに、彼女はその塩麹で商標はとらなかったため、大手が塩麹に参入し、大きな市場ができた。

ただし、彼女は、塩麹を発見した2006年からエビデンスを残すためにブログを始めていたので、元祖塩麹としてのポジションを確立し、多くの書籍を出すにいたった。

概略はこうである。しかし、色々すごい。

まず、「本朝食鑑」は江戸時代の文献で発行は1976年である。そんな書籍を探すのもすごい。さらにそこに書かれていた「塩麹」の2文字からここまで持ってきたのもすごい(蛇足だが、キングダムでも王騎か壁かは史記に記載されていた1行の文章から想像を膨らませて書いたという話もすごい)。

そして自分で黄金比率まで見つけ出す。これって、もはやbitcoinの採掘作業にも似た宝探しですよ。徳川埋蔵金をGoogle mapで見つけるような。すごい、夢がある。

商標登録しなかったのはお金があまり当時はなかったことも関係しているとのことだけど、それでも、戦略的にオープンにし、とはいえビジネス観点でブログでエビデンスも残した(60歳以上の方が2006年にブログを書くってまぁまぁすごくないですか?)

本朝食鑑での表現は具体的には、以下のようなものだったらしい。

塩麹漬は黒漬ともいわれる

古文書からオーパーツみたいなものですよ。面白いなー。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。