サハラ砂漠という地獄を渡るまでの道のり


さぁ。アフリカの話をしよう。
時は2003年に遡る。季節は夏。私はイタリアのローマ空港で買ったミネラルウォーターを飲んでいた。
そこからモロッコのカサブランカまでは数時間。機内食さえも手に付ける必要のないほどの時間だ。これから待ち受ける受難を知ることもせず、ただ気楽に本を読んでいた。確か、南アフリカで買ったAGウェルズの宇宙戦争だ。南アフリカはイタリアの前に行っていたのだ。
カサブランカに降り立ち、迫り来る熱風を全身に受けた。この感覚はどこの異国の空港でも味わう妙な感覚だ。その国の空気が体に染み渡ってくる。ハワイやブラジルなど南米の国では尚更、その空気は重い。
しかし、早速、トラブルに合う。アフリカではトラブルなしに旅を語れない。旅はトラブルの花言葉ではないかと思うほどだ。
何がトラブルだったか?それは私がイタリアからモロッコまでの片道切符しか持って居なかったことだ。普通に旅行をしている場合、ほぼ往復切符を買うので意識をすることはないが、一般的に片道切符しか持って居ない場合、現地の空港で入国をさせてくれないことがある。
なぜなら帰りの切符がないということは、「帰るつもりがない」とみなされるのだ。たとえ陸路で違う国から出るといってもお役所にはそんな言い訳は通じない。もっとも、これも交渉次第ではあるのだが。私自身、同じトラブルをすでにコロンビアで経験した。しかも陸路で。陸路でさえも帰りの切符がなければ入国させてくれなかったのだ。その時もゴニョゴニョとなんとか乗り切った覚えがある。
ちなみに片道切符で入国できる国の情報は、それゆえに貴重である。4年前当時で「イタリア」「エジプト」「タイ」がOKだった。それゆえに、エジプトはパッカーの拠点にされやすいのだ。ちなみにNGの国の場合は事前に往復切符を買うはめになる。そして、突撃してNGの場合は帰国させられるというとんでもない事態になるので要注意である。
日本人だからといって、不法滞在をしないと見てくれないのだ。そんなに世界は甘くない。
さて、今回もゴネルしか仕方がない。ここからイタリアに追い返されたところで泣き寝入りである。コミュニケーションという名のネゴシエーションは旅で求められる。まず言葉がわからないふりをする。適当な国ではそれでパスできる。次に、適当な旅券を見せる。英語で書かれているものだと、相手が英語を理解しない場合、それで通る場合がある。「ほら、これ出国チケットだよ」と。まぁ、でもこれでパスできることは少ない。ただ、某国では、日本の免許書を「ジャーナリストパスだ」といって、入れないところも突っ切るという荒業が使えたので、覚えておいても良いのかも知れない。
次に交渉手段はもうゲンブツである。「ほら、キャッシュこんなけあるやん。出国するってば」と。しかし、それでも、なかなか動いてくれない。奴らとしてはここで私をGOさせることがリスクであり、そんな無駄なリスクを取ることはないのだ。しかし、私とて、交渉しないとサハラ砂漠を渡れない。
次にカード。しかも、靴下に縫いこんだカードを提出。ついでに、ちょっと声を荒げ周りの人たちを呼ぶ。これにより、担当者のリスク分散をしてあげる。そこから待つこと1時間、なんとか入国を完了し、すでにへとへとの私がいた。
これから向かうのはモロッコの南にある町「ダクラ」。ここがサハラ砂漠への拠点となる。ここからモーリタニアのヌアクショットという町まで900キロをランドクルーザーで走りきる。
しかし、ダクラに行く前にすべきことがある。それがビザの申請だ。これも普通に旅行をしている分には意識することがないが、バックパッカーをする場合は欠かせない知識だろう。受験勉強における漢文の書き下し分のように欠かせない一品である。
旅先では旅行者たちが出会えば、まずビザの情報を交換する。なぜなら、ビザの情報は非常に流動的であり、同時に「あやふやなもの」だからだ。そして、さらには大使館によって取り易いビザと取り難いビザがあるのだ。さらには入国地点によっても入りやすさが違うのだ。
たとえば、当時、イスラエルの入国が急に厳しくなっていた。そのため、OKな日本人とNGな日本人が表れていた。また、アフガニスタンへのビザは各国によって取得状況が違う。基本は「隣国は敵だ」という概念は世界でも共通であり隣国でのビザ取得は硬い場合が多い(一般化はできない。印象である。)。そこでアフガニスタンに入るには、トルコで事前に取っておくのがベストだった(あいまいな記憶)。隣国のイランでは、なかなか取得できなかった覚えがある。また、タイのビザなどにおいては遠く離れたトルコが一番取りやすかった記憶がある(これもウロオボエ)。
まさに、ビザは旅における欠かせない通行手形であり、同時に頭を悩ませる呪詛である。しゃかりきに情報を集めて、戦略的にかんがえてこそ、やっと旅の最短ルートを導き出せることができるのだ。
ともあれアフリカでは特にビザが必要な国が多く、もし、取りそこねると先に勧めないというパズルな状況に陥るのだ。冗談ではなく、非常に厄介な話である。想像したまえ。北海道に入ろうとしたら「沖縄でスタンプもらってこい」と言われるようなものである。その数倍のスケールを想像してもらい、陸路が200倍くらい悪路ということを想像してもらったら良いと思う。
かくゆえにアフリカは旅がしにくい。それゆえに手付かずの地域も多くありエキサイティングなのだが。
さて、カサブランカでモーリタニアのビザを申請し、出来上がるまでに数日間、カサブランカで時間を潰すことにする。この日数も厄介で、相手によって代わる。とりあえず頼み込むしかない、という現状である。国によってはエクスプレスパスがあり、金を取られる。やはり、地獄の沙汰も金次第なのだ。
さて、モロッコは日本でもモロッコ料理があるためにご存知の方も多いだろう。クスクスと呼ばれるパサパサの米のような食べ物に土鍋も有名だ。しかし、中には「なんかの肉」が入っており、詳細は不明である。
そしてホテルの広場のテーブルでゴロゴロと新聞を読んでいると、妙齢の女性が話しかけてくる。
聞けばモロッコの女優で英語を勉強したいらしい。たまたま、私がヘラルドトリビューンを読んでいるのを見かけて声をかけてきたそうだ。このホテルには英語が喋れる旅行者がくるので、彼女にとって英語の先生を見つけるための堀なわけだ。
時間があった私は、話にのった。しかし、何が大変というと英語を喋られない人に英語を教えることの難しさである。いくらアラビア語を少しやったからといって、アラビア語で教えるのも一苦労。しょうがないので、身振り手振りも合わせながらヘラルドの記事を解説していく。
「これ新手のつつもたせでは?」なんていう疑惑もありながら、まぁ騙されたところで今は金もないし、という気分で付き合うこと数時間。
夕食の時間になり、夕食に行こうということになった。ついでに彼女の先生を紹介してくれるという。以下、飽きたので略。
そして、無事、ビザをゲットし、一路、南下することになる。バックパッカーにとって最難関の地と呼ばれるサハラ砂漠。そこに待ち受ける地獄も知らないで。
以後、気が向いたら書きます。

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