カテゴリー別アーカイブ: 名言

世界に平和を。

いつかの話。
初詣の話になった。そこから派生して、神社に行くと願いごとをするかどうか、という話になった。
その方は「願いごとなんてしたことがない」という。
びっくりして「どうして?」と聞いた。

「もしも願いが叶ってしまったら、その神様にお礼に上がらなければならない。そんなの面倒くさい」

ということ。
その哲学に、私は腰を抜かすほど驚いて。その律儀さに。あるいはその本末転倒な哲学に。
しかし、それはそれとて立派な自分なりの哲学。すなわち誰にも借りは作らない、ってなものだ。
でも、私が言い返した。

「僕は、いつも世界が平和になりますように、と願ってるのはアカン?」

と。
これはマジメな話で、僕は何か願いごとをしなければいけない状況になった時、あるいは、オプションで願いごとを願っても良い状況になると、決まってこのお願いごとをしていた。多分、ものごことつく前からだから、小学校前とかから。謎に仏壇の前でも、こんな呟きさえしていることがある。くわばら。
多分、なぜこんなナンセンスな願いをしているかというと、多分自己の願いは自分で成就させるものだと思っていて、相手がいくら神様であろうと他人任せにするのは癪だったからだと思う。小さいころの自分は。
もうひとつは、惰性で続いてしまっているのだろうね。
ともあれ、そういうと、相手の人はこう言った。

「ああ、その願いごとなら願っても大丈夫だよ」

と。
「なぜ?」と聞き返すと、相手の方はこう言った。

「その願いが叶うことはないから」

好きな言葉

エントリーしまくりDAYです。
(今みたら今日だけで7エントリー!阿呆か俺は!)
まぁ、日曜日はネジを巻かないからねえ。
就職前の焦り(ないよ?)という無残な無意識があるのでしょうか?
わかりません。
本当のところは作業からの現実逃避という
見方が強いのだが。
(たった今は、ipodを修復中)


さて、好きな言葉というものは
誰しも、1つくらいはあるのではないだろうか。
あってしかるべきとは思わないけれど、
結果的に「在る」ことが多い。
個人的に、人生指針としているのは
永沢氏の
「やりたいことをやるのではなく、すべきことをするのが紳士だ」論。
で、座右の銘としたいのは
いつも引用するアランの
「悲観は感情に属し、楽観は意志に属する」という言葉。
他にも、人生の様々なケースで言葉は
わが身を助ける力を持つ。
例えば。
例えばであるが、
「非常に、ヘブィな状況」におかれた場合、
僕がいつもつぶやくのは
「It’s show time」という言葉だ。
「かなわんなー」と思える状況に陥った時、
あまりにも負荷が重いように感じられる時、
卑近に言えば「泣きたくなるような」状況で、
この言葉を、つぶやくようにしている。
いわば、「背水の陣」ではないけれど、
「良いという状況からかけ離れた時ほど、腕の見せ所」という
仮説の上に成り立つ。
つまり、
「しんどい時こそ、本領を発揮」的な何かしら。
まぁ、おまじないみたいなモノですが。
あとは、まぁ、再度、永沢さんに登場していただくならば
「自分に同情するな。下劣な人間のすることだ」
という鬼十速に勝るとも劣らないお言葉。
 ※蛇足だけど、ギッシングさんはこういうことも言ってます@ヘンリ・ライクロフトの私記。
自分を憐れむという贅沢がなければ、
人生なんていうものは耐えられない場合がかなりあると私は思う。

そして、「大好き」な言葉といえば、コレ。
「じゃましないで下さい。僕の仕事は歴史が評価する」
確かブランド論だかの本にさりげなく書かれていた一行。
物凄い深い言葉のようにも思えるのは、深読みしすぎなのかしら。
ただ、この言葉で思うのは
やはり、「人を否定」は、難しい側面を持っている、と思うのです。
たとえ、どんなことでも、どんな人でも、何が起こってさえも、
その人はそれなりの、そこにいたったプロセスがあるわけだし、
それに、そのことが「良い」か「悪い」かは、
判断する明確な基準は、存在し得ないわけです。
「歴史」という評価の中では。
もちろん、短期では、法という基準や、倫理という基準もあるけれどね。
でも、考えてみたまえよ。
ギリシアでの同性愛を。古来の近親相姦を。戦争の屍たちを。
 という感じ。
あと原田ライブラリをあせっていたら、
こんなのが出てきた。

自分の力ではどうにもならないことが1割。
どうにでもなることが1割。
どうでもいいことが8割

Quoteが謎だが自分のメモかな?
不明だが、気に入った。
パレートの法則にのっとっておる。
まぁ、ともあれ。
最後に、太宰治御仁の、この秀逸な言葉で。
あまりにも深い。深すぎる。

みんな同じことを言っている。

リヴァイアサン:ポールオースター

いきなり名作シーンシリーズ。
個人的に、
春樹と並ぶほど愛読している作家
ポールオースターの最高傑作
「リヴァイアサン」より
Amazon.co.jp:リヴァイアサン新潮文庫: 本
しかし、あれですね。
自分の好きな名言を公開するってほど
恥ずかしいことないですね。
そういうのに限って、他人には共感を呼ばないことが
往々にあるし。
まぁいいや。
んと、サックスっていう孤高の主人公がいるのですが
その彼の独白。

まっすぐに彼を見据えたまま、涙が頬をながれるままにしていた。
そこに涙があるのを認める気がないように、手も触れもしなかった。
プライドの高い泣き方だ、とサックスは思った。
苦しみをさらけ出す涙でありながら同時にその涙に屈することを拒んでいる。
リリアンがこれほど懸命に自分を失わずにいることにサックスは敬意を抱いた。
涙を無視する限り、涙を拭い去らない限り、その涙が彼女を辱めることにはならないからだ。

なぜ、このシーンが好きかというと、
この「涙は自分が認めないと、それは涙に屈服したことにならない」
という仮説であります。
これは、あらゆる物事に適応可能ではないのだろうか。
例えば、会社で
くそな仕事させられたりした時にも応用聞くのではなかろうか。
ともあれ、何かしら山田詠美的な匂いもします。
また、涙関係の名言では
桑田大先生のC調言葉にご用心という歌の中のこのフレーズ。

恋をすればするほど、女の泣いた顔に冷めてく

という鬼のようなフレーズがありますが、
しかし、まぁ、なんというんですか、
これは別段、女を男に置き換えても良いのではないのでしょうか。
非常に情緒があるセリフだと思えます。
じゃあ、最後に、もう一個
僕の名言ライブラリ@Excelより涙関連で1個
メアリウルストンクラフト より。

涙は、美しい頬に流れるときにしか雄弁ではない

 合掌。
#一気にブログのエントリーをいくつUPできるかを実験してみたのですが
最初にUPした記事より、80分後が今で、その間にUPしたのが6本。
1本目にかかった記事が10分とすると、
1本あたり、15分もかかっているという計算になりますなあ。
定期的に続けるには、10分以内にしなければキツイ。
 前はもっと早かったのになぁ・・・