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【関係者注目】遠藤ちひろ御大がいよいよ!

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あの遠藤さんが、いよいよ東京都多摩市長選に出馬されましたよ(現:多摩青年会議所副理事長)!!!
参考:遠藤千尋氏が出馬表明 多摩市長選 – MSN産経ニュース
こりゃもう万難排してチャレンジを応援するしかないでせう。
ご関係者の方々は当然ながら、生きとし生けるものは是非、以下をご覧頂ければと。
» 多摩市長立候補者 遠藤ちひろオフィシャルホームページ ~多摩の明日を考える会~
寄付!
そして、寄付ですよ寄付。サイトから献金も出来ます。当然、原田も十二指腸を売って2億ガバスくらい献金しましたので、是非、ご興味ある方は以下からどうぞ。
» http://www.e-chihiro.com/donation.html
■遠藤さんの肖像
遠藤さんと初めて合ったのは、2002年くらいの早稲田学園祭だった気がします(参考
そこから朝生やら、ユニストやら、長野の選挙やら、謎のテレビ番組などで色々楽しい時間を頂きました。そして、学費のために会社を創業して経営をしていた遠藤さんには色々学ばせてもらいました。
遠藤さんのおもしろエピソードはキリがないのですが、色々支障があるといけないので自重いたします。

ミュシャ

その絵を肉眼で初めて見たのは、MoMA(NY近代美術館)だったろうか。
アバンギャルドな展示の中で、ふと通りを折れるとそこに、その絵が飾られていた。1メートル以上の縦に大きな絵というものが印象的だった。日本画(正確にいうところの水墨画)などは縦に長いけれど、海外で長いものは、そんなに見かけない気がするのだ。
そして、その絵に描かれた1人の女性。もちろん名前も知らないし、想像さえつかないのだけれど(日本語でいうならば、ミュウといった感じの)、その女性の目が、とても凛としていて。それは、すべてを見通すような目、というと平凡に過ぎるけれど、どちらかというと世の中の悪の部分までも見通しながらもそれを寛容(ないし寛太)するような眼差しがそこにはあり、どうも目があってしまった私は、そこに立ち尽くすことになった。
時間にして5分もなかったかもしれない。ただ、「衝撃」というものが強くて、思考回路が少し停止して、右脳だけで、何かを理解しようと試みて。そして、言語化できない不思議なクオリアとでも呼んで差し支えない恍惚感とともに、その絵がすとんと腹におちて。つまりは、昔から知っていたような記憶がねつ造されて私の脳に刻み込まれた。
だから、実はその絵は過去にみていてのかもしれないし、初めてだったのかもしれない。でも、いずれにせよ、私の脳は「ミュシャ」という記憶がつくられ、そして、揺るぎない硬度をもって居座ることになった。アールヌーボとヌーベルバーグさえ混同しそうな頭でも、その曲線美の美しさは説明を必要としない強度で頭を揺さぶった。
「嗚呼、アートの力とはこういふものか」
と嘆きとも感嘆とも判別しがたい思いで絵を視線で追ったことを覚えている。その絵を見ただけで誰の絵かわかる、ということは簡単に見えてそういうものでもないのかもしれない。後期印象派だって、ユニークな人々は数多くいるけれど、誰しも区分できる人というのは、10指で足りるのではないだろうか。ピカソであればゲルニカはわかっても青の時代やフォービズムの作品はピンとこない人はいるだろうし、ゴッホだって糸杉やひまわり等のモチーフは有名でも、ゴッホのリンゴとセザンヌのリンゴの区分なんかわかる人には当たり前でも、そうでない人にとっては似たようなもんじゃなかろうか。ドガとロートレックとルノワールの「踊り子」の違いとかとか(そりゃ比べれば全然違うけど単品で見て、誰の絵?って言われたら)。言い過ぎだったからごめんなさいですが(この辺の感覚値って人によって全然異なるのでたとえが正しいのかまったくわからない)。でもミュシャはやっぱりミュシャで。いや、でもミュシャを特別扱いするのはよろしからぬので、このパラグラフ全部訂正。
いずれにせよ、ミュシャは1人の高校生の心をわしづかみにしたとさ。それだけのお話。
ミュシャの絵はこちら

週末のいくつかの対話(曰く日記的な何か)

「AB型って冷めてますよね」とその人は言う。会社の人と訪れた金曜深夜の食事亭での会話。血液型で話をすすめるのは、色々な意味でリスキーなのだけど、まぁ、話のネタとしては悪くない。もっとも血液型の傾向を信用していなければ、という前提だけれども。「冷めていますかね」と答える。「冷めていますね。経験上」とその人は言う。こういった血液型の傾向は占いと同じで、「誰しもが少しばかりはそう感じていること」を少し添えていうだけで「当たっているor私のことわかってくれている」という心境になる不思議な呪文だ。人は誰だって冷めているし、あるいはホットだ。そして日常は常に「ルーティン」であり、同時に「ユニーク」だ。再現性がない、という点において。
土曜日に目が覚めると、8時だった。3時過ぎに寝た気がするのでそこそこの睡眠。土曜日にしては幾分眠たい。いつもの通り、目をこすりながらパソコンのディスプレイをオンにする。メールとRSS Feedのチェックをしながらパンを焼く。食パンにバターを塗って、冷蔵庫からコーヒーを取り出す。30分ほどふらふらブログをチェックしながら頭が目覚めてくる。今週末は作らなきゃな資料が5つだか6つだかあって、それに取りかかる。まぁ毎週末と変わらないのだけど、雨ということもあり缶詰になろうかとぼんやり予定をたてる。
昼にシャワーを浴びに自宅に戻る。合間にブログを書いて、合間にメールの返信をして資料作成を続ける。友人がメッセンジャーで話しかけてくる。その人は何人かの異性と仲が良くって。私は問う。「その恋愛リソースってのは、3人の恋愛相手がいる場合、3等分されて分配されるのかしら?」と。相手は答える。「違う、会っている時は常に1人の相手に100%の力を注いでいる。ただ、その100%の力を注ぐ対象が複数いるだけ」と言う。禅問答のようにも聞こえるし、あるいは詭弁にもexcuseにも聞こえるけれど、まぁその言葉で世の中がちゃんと回っているならば、誰にも害はないから良いのだろう。ただ、リソースを時間の観点から考えるとその回答はなりたたないよな、と思う。でも気持ちというのは時間とは関係のない力学が働くので、それもまた正なのだろう、と思う。
先輩からメールが届く。クイズのメールというなかなか珍しいメールだった。「ここはどこでしょう?」という素っ気ない一文。そして添付された何枚かの写真。何かしらの食べ物と何かしらの場所が写った滑稽だが哀愁のある写真だった。でもどこだか全然わからない。こういう時は写真ではなく文脈から推測するのが一番だろう。まず日にちから日本で起こっている出来事をチェックする。横浜の中華街でまつりが行われているらしく、その線から推測するが食べ物との関係性を見いだせないために却下する。ちょうどこの日に読んだ本に書かれていた一文を思い出す。「相手が何かの質問をしている時は、回答を探すのではなく、その質問の意図を考えよ」と。その意図を考え、きっと「写真クイズが世の中の最先端トレンドということだな」とつぶやく。
24時頃、仕事が一息ついて。お酒が飲めないくせに珍しく少しアルコールを摂取したくなって。時間も時間ということもあり近所に住んでいる別の先輩に電話をしてみるとちょうど近所で飲んでいるという。それは幸い、とオフィスから歩いて3分ほどの店に足を運ぶ。久しぶりに会う先輩は髪はあげていたものの変わらず元気そうで何よりで。「私は村上春樹自身は好きじゃないということに気づいた」とその人は言う。「世界の終わりは好きだけど、カフカやアフターダークは好きじゃなかった。」という。そういうこともあるのかもしれない。でも、「世界の終わり」が好きな女性が多いのはどうしてだろうか。男性と比べて圧倒的に女性からの評価が高い気がするけれど、どうなんだろう。これはあのハードボイルドな感じが良いのかもしれない。そんな折、お店の主に「最近、ここにきましたか?」と聞かれたので「数ヶ月前にお邪魔しましたよ」と答える。「カレーを食べました」と言うと、「あれ、カレーなんてあったっけな」とのお答え。確かに私はそこでグリーンカレーを食べて。でも、主は知らないという。1q84を読んでいたからか「ずれた世界」を思い浮かんだけど、世の中はそこまでイージーに出来ていない。誰かが勘違いしているか、何かが勘違いされているのだろう。世の中の真実が常に1つだとは限らない。
店のBGMがStevie Wonderの太陽に関する曲に変わって。ああ、懐かしい、と思う。家の外で聞く音楽はなぜか印象深いのはなぜだろうか、と思う。外ではちょうど雨が降り出してきていて。雨の季節が終わる頃には夏が本格到来する、というのは何かしらバルガス・リョサの小説を思い出すな、と勝手に関連づける。何も関係ないのに。久しぶりにお酒を飲んで、頭痛が始まる。何かの漫画で頭痛を「テンションの高いお坊さんがエイトビートでお寺の鐘をついている感じ」と表現したが、そのような振動が頭をつつみ、ささっと店を退散する。日曜日に目が覚めると土曜日と変わらず静かな朝だった。土日の朝がなぜか静かな気はする。これは実際にオフィスが稼働していないからもあるのだろうけど、8割型は気のせいだとは思う。ただ、そのように考えていた方が、土日らしさが出てわるくない。
「そうだクリップを買わなくちゃ」と思い出し、麻布十番の商店街に自転車を走らせた。普段は文具は殆ど楽天で買ってしまうのだけれど、梅雨の合間の太陽を浴びに町に出るのも悪くない。お目当ての物を購入して店を出ると、「あら!」と声をかけられた。学生時代の友人で、彼女の結婚式の二次会にはちょうど先月行ったばかり。「髪きったんだ」「そう、心機一転」と、何が心機一転なのか判らないけれど、そのさわやかな若夫婦は十番のパティオの日陰がとても似合っていた。しかし、麻布十番はそれなりに人がいて、それなりに人と擦れ違う。くわばらくわばらと思いながら自転車を走らせる。
私も髪を切らなきゃ、と思い散髪屋に向かう。先週まではドタバタでいく機会を逃していた。シャンプーをする人は新人だった。いつも散髪で苦手なのはしゃべりかけられることだ。この会話が苦手でしょうがなく、本を読みながらカットしてもらうことが多い。その新人もシャンプーをしながら、「業務的」な質問をかけてくれる。その心境はありがたいし、それも仕事だというのはわかるけれど、こちらも日曜日くらいはあまり気を遣った回答をするのは避けたい。「どんなお仕事をされているんですか?」と聞かれ、とりあえず「木こりです」と回答をしておいた。まじめな答えよりはよっぽど社会に潤いを与えると思ったからだ。それに「人のニーズのある物を作る」という点では自分のしていることも木こりも似たようなものだ(もっともそう行ってしまえば全てのビジネスはそうなるのだろうけれど)。少しうたた寝するともう暗くなっていた。思うに1日のパフォーマンスを最大化したいならば昼寝は欠かせないように思う。とはいえサラリーマン時代に会社の椅子で寝ているといささかひんしゅくを買っていたので、これは自由度の高い職場ならではの特権かもしれない。
なんだか世界で60通りの時間軸が平行して進んでいることに、なんだか違和感を憶えながら、もう週末が終わるな、と思いながら今に至る。
#なんか色々微修正してすいません。

27歳

先日、友人のブックマーク経由で以下の記事を見た。
» 日刊スレッドガイド : 27歳ってどういう時期なんだろう
いわゆる27歳という年齢に関して、いろいろな人が現状や心境を語っておられます。
へぇ、と思いながら読んだ。あまり年齢は気にしたことなかったから、とても新鮮だった。そして27歳が何かの分かれ目ということも感じたこともなかったから、これまぁ、「へぇ」と思った。
ただ、26歳という年齢は少し意識していた記憶がある。起業のタイミングだ。これはまぁ、また会社のブログかなんかにでもいつか書こうかと。
いずれにせよ、私は大学卒業も人より3年ほど遠回りしたし、そもそも、「国をつくるんだー!」と言うキャリアパスなので、年齢の概念が希薄なのかもしれない。でも、周りを見ると、もう○歳だから落ち着かなくちゃや、結婚や、転職、などの話を年齢と共に聞くことが多い。
そりゃある程度の相関関係はあるのだろう。そして当然ある程度の関係なさもあるのだろう。いずれにせよ、「年齢」という1つの尺度が世の中では共通規格として利用されているのだから、それをベースに話しをするのはコミュニケーションの効率性という観点からは正しい。
精神年齢ベースで話をしても、それを判断する明確な基準はないし、あるいは所得や健康年齢、起きている時間数のような各種パラメタで何かを語ろうにも、結局、よりどころがない。
そのため、人は共通規格を利用する。人を判断する時だって、血液型が重宝されるのはわかりやすさからなのかもしれない。もし世の中が43通りの血液型があったら、こんなにも話題にはならぬだろう。でもたまに「私は○座だから○○だ」という人も見かけるので12通りくらいは、人間のマジックナンバーとして許容できるのかもしれない。携帯番号世代でキャパが広くなったに違いない。
いく世紀が先には「あなたのDNAなに型?」なんて話も飛び交うのだろうか。まぁ、そういうことがあってもそういうものなんだろう、と感じる時代はいつかくるに違いない。でも、「あなたの祖先って誰?」というような規格で話はなかなか聞くことがないので、結局、人口に膾炙するには適切な数字とわかりやすいメルクマールが必要なのだろう。
いずれにせよ、人は27歳を過ぎるし、30を超えるし、そして人生の折り返し地点を越えて、年を取って。そして最後に決算として、感想を述べる権利を得ることができる。自分の人生に対してだけの責務としての感想だ。
これは昔から言っているのだが、私としては「いい人生だった」や「幸せだった」というような言葉よりも「やっとだ」と言えるような人生を歩みたいと思っている次第。「生きることなんて召し使いにまかせろ」といったリラダンの言葉を応用するならば、穏やかな人生は他の方に任せれば良いのではないか、と社会の分布図からそう思う次第。

会話をしない日

知らぬ間に週末が終わって。気づけば、今日は何も言葉を発しない一日だった。
ほぅ、と自分につぶやいた。自分への対話はアンカウンタブルとして。スタバの店員さんへの一方向での発生やメッセンジャーでの対話はあったとしても、対話はしていないことに気づいた。
そういう日は世の中には溢れているのかな、と考えた。あることもあるだろう。一人暮らしで、個人で仕事などをしているとそういうケースはあるかもしれない。個人的には社会人になってからは、土日で仕事がある日も少なくないし、何かしらがあって、あまりないような気がしたけど、気のせいかもしれない。とりあえず世界の数値を肌感覚よりもファクトをとろうと思って、メッセにいた何人かに聞いてみた。とはいえN数は3。
2人くらいは

たまにあるかも

な感じのご返信。もう1人の方は

ない・・・・
さみしがりやだから。。

という回答。
ふむ。さすがにサンプル数3ではなんとも言えない。
ただ、メッセンジャーやメール、ショートメッセージのような会話を必要としないメディアができたお陰で、声を出してコミュニケーションを取る機会はかなり少なくなったことは間違いないように思う。こうして会話をしなければ人は言葉をしゃべられなくなるんじゃないか、なんてことを思ったりするけど、まぁそれは別の話。
それよりも回答にあった「寂しいからない」という言葉が、ほうほう、と思った。
対話は人の寂しさを紛らわせる効用がある、ということが読み取れて。確かに、肌感覚的には、それは理解しえるけれども、ただ、なぜ対話によって寂しさが紛らわされるのかは一考に価する。
それは言葉を交わす行為自体に価値があるのか、話を聞くことに価値があるのか、あるいは話をすること自体にあるのか、となるとなんとも言えない。ただ、後者2つはメッセンジャーで代替もできるので、強いインパクトはないのかもしれない。ロジックとしては弱いけれど。
そう考えると、「生」の声を交わすということが重要だとするならば、それはそれで非常に興味ぶかい。
つまり、視覚は聴覚を代替しない、ということになって、耳に何かを入れるという行為自体が、何かしらの価値を持つと考えられる。しかしは聞くだけならばラジオでもテレビでもできる。ただ対話の相手が1人か多数かでの区分も必要でテレビでは代替されないと考えると、その場合、対話が独自性を持つのは「個人に話しかけられる言葉」か「話すということと連動した行為の聞くこと」という2点に集約される。で、これを論証するには、「話をする」だけで寂しさは解決されるのか?という点を考えればいい。人は悩みを話すことによって解決されるという話も聞くし、2ちゃんねるの人気はそのようなところにある。ただ、話を吐露するだけで寂しさが紛れるならば、それは独り言をしゃべっていればいいということになる。しかしそれでは寂しさは解決されない。
つまりは対話の魅力というのは、「話すことと聞くこと」が連動していることに価値があり、場合によっては「個人に話しかけられる言葉・ないし・個人に話をする言葉」に価値があるというように思える。ただ、これは寂しいという人の価値観に依ることも多いのでなんともいえないけど、まぁなんだっていいや。
で、結論として、なんというか会話って実は破廉恥な行為ではないかと思った。理由は推し量ること宜し。
※結局、最後に電話によって会話をしない日broken

苦笑いの日常をサバイブせよ

タイトルに別段意味はなくて。
単にiPhoneで「苦笑いする日々をなんちゃら」という歌を聞いた時に、「終わりなき日常を生きろ」という秀逸タイトルが組み合わさって、出てきただけ。
別段、個人的には苦笑いに対して、なんの思い入れもないけれど、なんか世の中を見回した時に、苦笑いという言葉が何かしら世相というか、風潮を表しているような気がした。
というか滑稽な話が多いような気がした。リアリティを欠いた現実というか。で、ふと喜劇・悲劇に関する名言を調べてみたら色々あることがわかった。
アドリアン・ルビンスキー

「喜劇的な事を悲劇的に演じ、悲劇的な事を喜劇的に演じるのが道化だ。」

奥田英明

「悲劇と喜劇は表裏一体だ。どちらか一方だけで人間を描くのは、表現者として公正さを欠く。」

ウォルポール

世の中は考える人たちにとっては喜劇であり、感じる人たちにとっては悲劇である

ソクラテス

懐疑は無限の探求にほかならず。真の悲劇家は真の喜劇家なり

チャップリン

人生はクローズアップして見ると悲劇だが、引いて見ると喜劇である。

バーナードショー

人生の二通りの悲劇がある。一つは願望がないことであり、もう一つは願望を持つことである。

ベートーベン最後の言葉

「諸君。喝采を。喜劇は終った。」

ラ・ブリュイエール

人生はそれを感ずる人間にとっては悲劇であり、 考える人間にとっては喜劇である。

まぁ、そういうことで。そして悲劇を喜劇に変えるのが上記のようなウィットネスであったりする。そして、このような言葉の妙味というのは「劇」という言葉が持つ客観性と装置的ニュアンスであり、もしこの悲劇を「不幸」、喜劇を「幸せ」なんて置き換えてしまえば、その言葉が持つ魅力は半減するように思える。
あくまでも喜劇や悲劇は外部の対象として見るものであり、それは自分の人生とて、そのような機構に組み入れてそれを中から見るというメタ演劇的演劇とでもいうべきもので、それは故人の「人生は舞台だ」という喝破より脈々と流れる演劇が持つ力の表れなのかもしれない。
そしてその言葉は「男も女もその役者にすぎない」という言葉を受けるのだが、日常を生きる我々は、そのまさに時代に合わせたロールプレイで苦い笑いを笑顔に変える。
なんてことを、なぜか「ルージュの伝言」を聞きながら階段を駆け上がり思った。

この星を継ぐ我々

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友人のブログのタイトルで「台風の去った沖縄では、夏がまだ続いていた」というものを見かけて。
その「○○では、○○だった」というフレーズが素敵。なんかキュンと来た。応用を考えた。
「あっという間に秋を通り越して、冬服を用意しなくちゃいけない時期になっても、港区のある一角ではまだ夏が続いていた」とか「金融大恐慌と言われていても、ロリータでチョコラータを飲む彼女の日々は夏に満ちていた」みたいな。
なんだかいい。
さらに応用を考えた。
「大学生が眩しく見える年頃になって、友人が買った結婚指輪の値段を耳にするころになっても、まだ私の心は青春で満ちていた」とか「夢見るころを過ぎても、彼の未来は永遠だった」とか「日本の政治家に希望を持てないという人が増えたとしても、まだシリコンバレーの空は真っ青で、カリブ海では貿易風が吹いている」みたいな。
で、ふと思い出したのが、こちらのブログで拝見した

青天井の未来予想。

というフレーズと

「実現したいことを遠慮なく想像している」

というフレーズがとても好きで。
ドリーミングに成りすぎても世の中は回らないのはわかるのだけれど、でも、少なくとも、私たちには未来を無限と想像する義務があって。不況、不況と言われていても、それでも日々を生き抜く人たちがいて、そして生き抜かなくちゃなんなくて。
故人の歌にもあるように、「涙を流し 瞼を腫らし祈るほかないのか? 」なんて泣き言は言ってられなくて。
あるいは、最近、よく聞くのが「日本をどうよ」というような話で。
つまりは、前提としての「少子化やシュリンクするマーケット、政治的プレゼンスが弱くなっている日本」に向かって、あなたはどうするのか?という設問で。「アジアに出る」「海外に向けた市場を作る」「海外へ行く」という声を聞くと同時に「日本においては、自分がなにができるのか?」という自答を聞く機会も増えて。
これは一種の自浄作用とも取れるし、あるいは、反骨精神の現れかもあるいは、最後のなんとか屁というものかもしれないけれども、議論は侃々諤々、栄光に向かって走るあの列車に乗るわけで。寝言は寝てから言え、と言われても、それでも、人が持つ最大の価値は「希望」というもので。
そこで、恩師の言葉を思い出す。私自身、日本のブランドを10年来、研究していることもあり、少子化の課題がずっと頭にあって。そこで、2001年、認知心理学の恩師に聞いてみた。「少子化をどうとらえるのか?」と。そこで氏がいったのは

「波だよ。いつか戻る」

との言葉だった。本当かどうかはわからないけれど、若かりし頃の私は、何かその言葉に「そういうものか」と納得した憶えがあるのだけど。波は株価に表れるものかどうか分からないけれど、それでも波の上に魔術師はいるし、「歴史は二度繰り返えす。ー度目は悲劇として、二度目は喜劇として」とマルクス先生は仰っているし、ポリュビオスさんの言も引くまでもなくて。
そりゃ、相対的に考えれば、マイナスかプラスへの移動平均線はあるけれども、結局、それっていえば、尺度をどう見るかというもので、第一、その尺度の度数をなににとるかでも違っていて。
少なくともこの地球という「星を継ぐものとして現代に生きる我々としては、この時代も継ぐ者なわけで。
そして、それを故人は「陽はまた昇る」と喝破したんだよ、多分ね。

細分化

いつしか僕たちのコミュニケーションは細分化されて、あるいはまぜっかえされて、ないしごちゃまぜにされて。
時に電話で、時にカフェで、時にはチャットで、時にはメールで、時にはSNSで、時にはブログのコメントで、時にはToDoリストでやりとりが行われ。
チャットでさえも、昔からの友人とはMSNで、グループではSkypeで、自動で繋がった人とはGtalkで、海外とはY!メッセンジャーで、と細分化されて。
メールでさえも、会社のメアドやプライベートのメアド、Gmailや、携帯メール、iPhoneのSMS、mixiのメールなどなんとも細分化されて。
なんだか、自分の言葉があらゆる媒体に散らばって。Google Desktopはがんばるけれども、カフェで交わす言葉をアーカイブするすべはなくて。せっかくのメモもPCがフリーズすれば霧散して(昨日の体験談)。そりゃEvenoteは便利でも、入力UIにも限界があって。
あるいは言葉は残せても、表情や空気や味やにおいは残せなくて。たとえ、景色をとるのに写真や動画、プリクラ、携帯カメラがあっても、結局、それを検索するすべはなくて。
アーカイブする必要はなかったとしても、短き人生でふと立ち止まって過去をみた時に、残っているのは、わずかな記憶と、集合写真、手編みの何かしらとかだったりして。
そして記憶は砂上の楼閣で、かってに再編成するし、あるいは自動イレイザーで消されてしまって。
もっとも振り返る必要はないのだけれど、でも、人は自分が生きてきた証がなくても、過去が過去であったと信じ込める強さはあるのかしらん、とかふと思って。
「君はちゃんとそこで生きていたよ」といえる証言者がいれば大丈夫なのか、あるいはおぼろげな記憶だけに寄りすがってそれを我が身として抱えていけばいいのかしらん、とよくわからない。
なんかポエムチックになったけど、実はビジネスの話だったり まる

土曜日を歩く

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完全に独り言です。
麻布十番の夜を歩いた。土曜日の夜だった。
土曜日の夜にも関わらず、相変わらず麻布十番は静かで。そういうところが好きだ。つまりは、私は人ごみは苦手だけれど、そもそも人ごみが得意な人はそうそういないので、結局、この一文は何も言っていないに等しい。いずれにせよ麻布十番は年の3日間だけを除いて(麻布十番祭り)、基本的には混雑していないように思う。特に日曜日の十番の閑散さは讃えたいほど情緒にあふれる。
ともあれ、十番を歩いた。
考えたいことがあって、ふと思い立って歩いた。浮き足だつでもなく、勇み足でもなく、ただ淡々と。たんたんと、の当て字は淡々でいいのだろうか?違うような気もするけど、なんだかその淡さがあっているような気がする。
人は考えるときに歩くことが多い。足の刺激が脳に良いのか、あるいは環境の変化が脳にやさしいのかわからないけれど、歩くことが多い。
そういえば、最近歩いてなかったな、とふと散歩をしながら気づいた。中学生のころは自転車をひたすら乗って考え事をしていたことを思い出す。近くの車が通らない町内を30分から1時間、ぼーっと漕いでいた。
高校生のころからは走ることに変わった。毎日、夜中か早朝に走りながら考えることは、とめどないけれど欠かせないもので、そして、そこには新しい酸素があったように思う。日吉近くの鶴見川や芝公園の東京タワーのまわりをただ、たんたんと走っていた。
社会人になってからは泳ぐことに変わった。六本木一丁目のジムで、朝、外国人と一緒に泳いでいた。走ることもラニングマシーンに代わってしまったせいで、本を読みながら走ることになり、考えながら走るという時間は少なくなっていた。
そんなこんなで最近歩いていないな、と思った。厳密な意味では歩いているし、散歩をしているのかもしれないけれど、1人で、こうして歩くのは久しぶりのような気がする、なんてことを思って、新一の橋から一の橋へ向かい、ウェンディーズから商店街に入り、網代公園を通って、けやき坂まで歩く。
ふと気付けば麻布に住み始めて5年で、それは長いか短いか、どちらでもないかはわからないけれど、まぁ、5年もいれば、それなりに町には思い出が付与される。
それまでは麻布十番は実利面から住んでいたのだけれど、年月による思い出の付与がいつしか、そこには別の価値を付与していた。それがビジネス用語でいえばブランドであり、一般用語でいえば思い出であり、哲学用語でいえば思念なのかもしれない。5年住んで、初めてそんなことを思った。
十番を歩いて、店にそれなりに記憶が付与されていることに気づき、「地元」の力というのはこういうことなのか、と気づく。それまで地理的概念には、そのような主観的な付加価値がつくかどうかはわかっていなかったのだけれど、それはアクションに結びついた記憶とともに、場所に格納される。つまり、Keyは場所であって、時間や人ではないのかもしれない。あるいは、それらもKeyなのかもしれないけれど、いずれにせよValueに場所のKeyは密接に結びついていて、「ああ、場所の力はそういうことか」とひとりごちた。
そして、今まで歩いてきた土地を思った。
日本は当然ながら、世界の道を思った。私は新しい土地に行くと、とりあえず歩く。その土地の空気を吸い込むために、ひたすら歩く。好きなだけ歩く。アフリカではさんざん歩いた。そもそも地図がいまいちで迷子になって歩いたという点もあるのだけれど、あるいはタクシーやバス、電車などの公共機関が不足しているから(タクシーは違うか)、という点もあるのだけれど、アフリカの街中は、なんだか生生しくて。それはコンクリートがないからなのかもしれないし、あるいは「土の上を歩く」という都内では珍しい経験を有することができるからなのかもしれないけど、アフリカではよく歩いた。
ガーナの首都アクラでは、町の橋から橋をただ歩いた。ぼーっと、あるいは、ギンギンと。朝から夜まで、歩き続け、目にしたものに驚き、あるいは果てない道に混乱し、ないしは、アフリカの太陽にめまいをしながら、ただひたすら歩いた。
疲れたら、どこかのカフェで甘ったるいカフェオレ(ミルクではなく練乳)を飲んで、おなかがすいたら町の屋台でバケツごはんを食べた(お風呂桶にご飯とかけるものが入った食べ物)。
だから何?と言われると返す言葉もないのだけれど、歩くということがKeyとなり、アクラと麻布十番が少し近づいた気がした。だから何?とは聞かないでほしいのだけれど。
===
ということで、週に1記事はブログを書こうという自分ルールにのっとりがんばってかきました まる

絵の話

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「ヒエロニムス良かったよね!」

とアルゼンチンのブエノスにある安宿で盛り上がった記憶がある。
ヒエロニムスとはこのような画家。サンパウロの美術館で確か二点ほどだけ展示されており、たまたまブエノスで会った人が、その絵を見ていた。そして私も見ていた。加えて、双方がその絵に深く感銘を受けていた。
ただ、それだけのことなのに、かなり親近感がわいて、同じに相手に興味がわく(性別問わず)。これはなぜなのだろうか?と考えるけれど、やはり嗜好性の共有、ないし価値観の共有というのは、人間の何かしらに根ざしたものなのかもしれない(マズローを惹かずとも)。
逆に属性による親近感というものもあって。いわゆる「同じ地方の出身」「同じ大学の出身」なんて最たるものだろう。いわゆる派閥だって、そのようなものかもしれない。ただ逆に同郷嫌悪ないし同族嫌悪のような言葉もあるように近すぎると、嫌悪感を催すこともある。ただ、これは嗜好性の近さに言えることもあるのだけれど。
分析するに、それは「自分と同じ個体がいる場合、カニバるので、避けたい」という人間のミーム的な本能からの発露なのだろうと勝手に分析する。自分と同じ人がいた場合、社会的にはその人の価値は主の保存から考えれば相対的に低くなる(のかな?)。同質性は高いほうが吸引力は高いけど、多様性が少ないとイノベーションやジャンプも起こらないのでどうなんだろうか。一節ではダーウィンが最近、覆されがちだとも聞くけれど、そう考えると、そういう紋きりで見るのは危険なのかしら。
でも、異性だと逆に嗜好性による吸引力は高いような気がする。一般的に見て。異性だと自分と似た遺伝子を残そうと思うから、そうなるのだろうか。実際、「いとこ」などの血の繋がった人は、赤の他人よりも恋に落ちやすいというデータを呼んだことがある。近親相姦が禁止されているのは昨今の倫理的観点(もちろん、医学的観点による結果からの見方もあるだろうけれど)からであって、ほっておけば、人類は血の繋がった人に恋に落ちやすいらしい(うろ憶え)。
そう考えると、異性だと嗜好性の引力が高まり、同性だと嫌うというメカニズムは理解できる。話とぶけど、政治学における「国」の争い分布も、隣国同士が仲が悪いという分析も上記からある程度読めるのかもしれない。
しまった。絵の話を書こうと思ったのに全力でそれた。うーん、上記と絡めて何か書けるかな。そうだ。
上記の絵の嗜好性の一致による親近感というのは、嗜好性のリトマス紙としてある程度、有用でないか。いやそうでもないか。いやね、つまり本や映画、音楽、スポーツなどなどいわゆるカルチャーの「これが好き」という共通項よりも「絵の趣味が同じ」という場合の方が嗜好性の類似値が高いのかと思ったのだけど、そうでもないかな。
というのも絵とはその良さを説明できないもので。本質的に。だからこそその価値観が反映されやすいのではないかと思ったけれど、音楽も本とかもそうだな、と思った。そして勿論建築や写真などなど全般的に。
ということを、どこぞかでさっきヒエロニムスを見かけて書いてみた。