内在する戦争


以下のニュースを見かけた。
» 「あけおめ!」イランがイスラエルに新年挨拶メールを誤送信 イスラエル側も返信「ことよろ!」:アルファルファモザイク
いい話だ、と「後で」思ったが、その前に「そういうこともあるのか」と思った。
というのも、イスラエルとイランだからだ。説明するまでもなく、深い深い溝を持った国同士。幾多の血が流れてきた歴史を持つ国。
戦争というのは、現代の日本においては、「海の向こうの話」という意識が強いから、どうしても希薄になるのだけれど、戦場は現代にも存在する。
私の拙い経験でも、やはり中央アジアや東アフリカ、イスラエルなどでは戦争があった。それが戦争という言葉で表現できるものか、あるいは、内戦という言葉で隠匿されているものかなどの違いはあれ。
血は止めどなく流れるし、死というものが日常にある。
蛇足だが、以下の村上龍氏の「海の向こうで戦争が始まる」というタイトルは秀逸だ。村上龍氏はネーミングセンスが素晴らしい。

海の向こうで戦争が始まる
村上 龍
講談社
売り上げランキング: 17422
おすすめ度の平均: 4.5

5 全てが淡々と並列
5 神経にピリピリくる描写にしびれる
4 技巧的には作者のキャリア・ハイか。
2 ビジョン
5 水墨画と詩人

そして、戦争という言葉で思い出す。

経営とは戦争だよ

という言葉。これは古来から言われているし、また、何人かの先輩からも耳にする。
実際、これは、戦争の定義をどうとらえるかによるけれど、戦は戦であろう。
ただ、それよりも問題は、今、日本に内在する見えない戦争である。
上記の「経営は戦争だ」という理論を国に当てはめてみれば、当然「経済戦争」という現実は、不適当な例えではない。
国を挙げて、経済の総力戦で各国が争っている。
戦争といえば、武器があり、主権同士の闘いがあり、または血が流れる。そのようなイメージとは違うから、気づきにくいけれども、日常で、国同士の戦いは常に生まれ、そしてどんどん進捗していく。
帝国主義時代のように領土をとられることはないけれど、お金を生命線ととらえるならば、そのお金が外に出て行き、また、戦力のKPIである頭数が減っているという現状は、戦争のメタファーから考えるにやぶさかではない。
ただ、これは今更言うまでもないことだし、日本の栄光の10年からその戦争問題は繰り返し議論されてきた(車の貿易戦争やタイムズスクエアを筆頭とする企業の買収戦争等など)。
しかし、ポイントは「そのような経済戦争は問題として正しいのか?」という思いである。
個人的に、国同士の闘いの正当性がいまいちわからない。政治学を学んだ1人として国の存在価値や、その「国民の利益を最大化するという理念」から考えれば、国をよりどころとする人々が、その帰属意識を高揚させるのは理にもかなったことである。
しかし、同時に国というのは、生まれながらに付与されてしまう所与条件であり、そのような先天的な条件をベースに戦をするというのは、なんだかフェアではないような気がする。
少なくとも個人のイデオロギーが国の総論でない以上、いくら前提条件が民主主義の制度によって国の総意が国民の総意と同義されていても、実質問題としては、建前でしかない。つまり、ベストプラクティスとしては、「人は自分のイデオロギーに沿って、自分の帰属を決定できるべき」という選択肢がある以上、上記の建前は、ベストエフォートでしかない。
つまり、「たまたま日本に生まれた」からといって、その国をベースに、経済戦争を闘うというよりどころがイマイチわからない。
スポーツを考えてみると、「チーム」は、自分の意思で決めることができるものであり(大枠は)、生まれながらにチームに所属するものではない。
とかくで、私は「国をつくる」という夢を叫ぶに至っている(端的にいえば、後天的に選択できる国籍による、帰属意識のポートフォリオ分散)。同時に私のライフワークであるブランド国家論も上記の経済戦争の問題をヘッジする方法の1つとしてしているに至る。まぁこれも別問題。これらは理論であって、現実問題はそれはそれとして別で考えなければいけない。
いま、我々が生きるのは現実であり、建前や理論の世界ではないからだ。
そこで、話を戻すと、「経済戦争が起こっている」という点は事実で正しいとする。そして、それの是非を議論するのは、別問題なので(価値観の闘争は神々の闘いに回帰するといったヴェーバー先生の箴言の通りに)、それも所与条件とする。
その上で出すべき問いは「戦争の相手は他の国なのか」あるいは「それ以外なのか?」という点である。
つまり、日本が経済で勝負しているのは、仮想敵国としては中国やアメリカをベンチマークしているような気がするけれど、それは正しいのか?という点である。もちろんこの前提に異論もあるだろうけど、大枠はそのような流れのような気がする。この辺りになってくるとマクロ経済学なので私の専門領域を超えてしまうのでツッコまれどころが増えるのだけれど、確か、国際経済は必ずしもトレードオフの力学ではなかった記憶があるが、そうならば、必ずしも敵国を想定する必要はないはずで、いわば奪いあうべきパイはかつては領土だったゆえに、排他性を持っていたけれど、経済や豊かさ、幸せなどは、不思議なことに、排他性を持っていない。もちろんある程度の排他性のメカニズムは働くけれど、それはもはや心理学の分野なので、ブータンのGNHを参考にすべし、という言葉で逃げる。
元来、アメリカは、仮想敵国をベースに成長してきた。たとえば、「フロンティア」であったり、「石油」であったり、あるいは「経済戦争」であったりした。またハリウッド映画でお約束の宇宙人や災害も、「外敵」を作ることに力を入れてきた。でないと、アメリカという人種のサラダボールはまとまらないからだ。そして、昨今は「エコ」を掲げ、「そのようなもの」に対する取り組みを国家プロジェクトで行うことで国民の共同幻想を作り出してきたし、また、それによる経済進捗を生んできた。
こんな馬車馬のような国は敵を必要とするのはわかるのだけれど、日本は、従来、農業で自分の食い物を育ててきた民族だ。ゆえに、必ずしも、戦争相手を外部に設定する必要はないのではなかろうか。もちろん、競争や相対化は学習の基本的なインセンティブのため、設定した方がイノベーションは生まれやすいから、それを否定するつもりはないけれど、もっと別の座標軸を持った方が日本らしいのではないか、と思う。
思い切り、脱線するけれど、昔から気になっているのが「お金の源泉とは何か?」という問題がある。
つまり、古来は「食べ物」がお金の変わりだった。それに貯蔵の技術が生まれ、そして、代替性として貨幣が生まれた。ここまではイメージしやすい。お金の源泉とは、農業である。
しかし、昨今は、食事をするだけならば、かなり低いコストで生きていくことができる。そう考えると、お金の源泉は農業ではない。
つまり、何を言いたいかというと、今、バイトを探せば何かはみつかるだろう(選ばなければ)。それで800円だかをもらうことはできるだろう。しかし、その800円の仕事を10億人がしたい、とすれば、その800円の仕事はなくなる。
つまり、800円の仕事の総和は限られている。では、800円の仕事の総和を増やすにはどうしたら良いか?800円の仕事をより増やすしかない。それをするには、資本家からの視点でみれば、800円の投資が800円以上のリターンを生む公式が成り立っていればよい。
よって、800円の仕事を1増やすには、800円以上の仕事を1増やす必要がある(もちろん、赤字を出す場合もあるから、実際問題は違う時もあるが、原則論はこうでないと経済が成り立たない。経済は合理的人間を前提に考える学問だ!)。
そうすると、800円以上の仕事1を増やすには・・・とエンドレスでそれは続く。よって、経済は、常に膨張を求める(ないし、労働人口の減少を必要とする)。エントロピー増大の法則みたいだ。まぁフーバーダムから言われていることだけど。
そう考えると、経済の源泉というのは「消費を創り出すこと」になるわけで、消費ってのは、競争力なんだっけ?(つまり、それは武器の代替品となるものなんだっけ?)という話に行き着く。
よって、ここでも経済戦争の問題って、何すれば誰が嬉しいの?という哲学的な問題にたどり着く。それは別段、「経済成長って善なんだっけ?アフリカの民族みたいな暮らしをしていた方がよかったんじゃね?」という牧歌的な問いかけではなく、競争力のコアって何だったけ?という素朴な疑問である。
企業でいうとコアコンピタンスだのの言葉で言われるコアな部分は定められているけれど、国レベルではそのようなものは設定されていない(国のグランドデザイン云々はあるものの、明文化はされていないし、原則的に、そんなアジテーションは企業の合理性と結びついた時にだけ有効なのであって、だからこそ政府と企業の癒着が起こるのは必然である)。
そもそも論でいえば、日本の国益さえも確か定義されていない。国の存在意義が「国益を守ること」なのに、「国益ってなーに?」とお子様に尋ねられると、日本人は誰も答えられないのだ。決まっていないんだもの。
よって結論としては、「日本の経済の敵ってなんだっけ?」「そもそも競争力の源泉ってどこに軸があるんだっけ?」というのが、最近、定義づけた質問でした。
質問が正しければ、回答はおのずと決まるという大江健三郎氏の名言に従うと答えは出ていない以上、質問の問いが悪いのかしら。ただ少なくとも1つの解は「国をつくる」のつもりだけれども。
そんなこんなをふと考える新春でした(いつぞやか「国つくる」の話をする機会があったので、ふと思い立って、一筆書きで書いてみました)。

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