言葉は伝わらない

以下の記事は面白かったのですが、特筆すべきは「言葉というのは、びっくりするほど伝わらないのである。」という点

&raquo偉い人がいうことはわけわかんないことほどだいたい正しい|shi3z|note

仕事でも、伝えたいことを理解してもらうには、何度も、伝える必要があるというような話を聞いたことがある

>ずいぶん以前にハーバード大学の教授ジョン・コッターが行なった研究によると、ものごとを変えようと計画している人が、自分のビジョンを伝える際、通常一〇分の一程度しか相手に伝わっていないということがわかった。

↑アダム・グラントのORIGINALSだったら、10回だった

ゆえに、伝わってないという前提でコミュニケーションをするのが、うまく仕事をするコツである

ゆえに、会社のミッションやビジョンもいかに日常に組み込むかが重要である。ポスターをはったり、評価に使ったり、ノベルティを作ったり。さらにポイントは、言い方が同じだと「聞いたよ」となるので、表現をかえたり、伝える人をかえたり、方法を変えたりして伝える必要がある。

しかし、我々のプライベートのコミュニケーションは、なんだか、言葉は1回で伝わるように設計されていて、それがそもそもバグの温床なんじゃないかなとかも思ったり。

恋愛だったらこないだ聞いた話を2回目にするだけで「またこの話?」となるのに、本来は、それを伝えたかったら10回も話しないといけない。ということで、僕はすぐに話をしたことを忘れて同じ話をする傾向にあるのですが、そんな時はこのエピソードを話しようと思いました

スクワットの深さは人間性の深さ 戦略思考とやり抜く力を鍛える最強のトレーニングを読んだ

効率の良い筋トレを考えていたら、スクワットにたどり着いて、千葉さんのこの本を読んだ。人生の指針にしたいと思います

>スクワットのフォーム、動作で最も重要なのが「ボトム」、つまり、しゃがみ切った局面です。「どこまで深くしゃがむのか」は効果にも直結しますし、常にトレーニーの間でも話題になるところでもあります。スクワットで一番つらく効果があるのはしゃがみ切ったところなので

しゃがむのが大事

>20 分以上運動をすると、エンドルフィン(幸せホルモン)が分泌され高揚感が増します

でてるかな?

>ナチュラル(アナボリックステロイドを使っていない人)の場合は、そもそも前提が違うので、彼らの真似をしても目指すような筋肉はつきません。ナチュラルのトレーニーよりユーザーのほうがデカいこともあり、彼らのトレーニングのほうが目につくのです。ユーザーは華やかですよね。

ステロイドしてる人も多いんだ

ネットワーク・エフェクト

めちゃ面白かった。作者のアンドリュー・チェン さんのブログは過去にもよく参照させてもらっていた。

>初めのターゲットは劇的に絞った方がいい。ニッチな市場をがっちり押さえたアトミックネットワークを確立し、そこから成長させるということだ。言葉を換えるとこうなる。  次にビッグになる製品は、初めはニッチ市場向けに

ニッチから。

> ■全ユーザーのうちわずか1%のユーザーがグループ、あるいはグループ内のスレッドを立ち上げる。 ■全ユーザーのうち 10%のユーザーが積極的に活動し、スレッドを立ち上げたり、進行中のスレッドに返信したりする。 ■全ユーザーの100%がこうした活動の恩恵を受ける(

CGMだと4%が投稿者みたいなセオリーだったけど、USだと10%

>ウーバーのアプリは当初メキシコの開発者に外注していた。後年、社内の開発者にはプログラムのコメントやソースコードを読み解くためにスペイン語辞典が配られたことが

uber、最初は外注だったんだ。すごいな

>私は投資の際にスタートアップを評価するとき、大まかな基準を設けている。それは登録した翌日のリテンション率が 60%、7日後は 30%、 30 日後は 15%とカーブを描いてやがて水平

イメージと近いかも。

> すべての物件の価値は同じではない。ウィムドゥの上位 10%の物件は、エアビーアンドビーの下位 10%の物件だった。ウィムドゥは掲載数を増やすため、低価格帯のホステル(簡易宿泊施設) を数百戸管理する大規模な不動産オーナーを当たっていた。 10 人のオーナーを説得して1000件の掲載物件を獲得する簡単な道を選んだわけだが、旅行客はサイトを見てがっかり

数よりも質

読書と習慣と

最近、中国で働く友人がfacebookに投稿していてなるほどなと思ったのが、何事でも21日続けるとそれが習慣になるという話。「

香港だか上海ではコロナで、帰国後、数週間の隔離があったと。そこですることもないので、筋トレや料理を始めたと。すすると、そこで21日くらい毎日それらをしていると、初めての料理や筋トレだったけど、それが習慣になったというような話をしていて。

で、人間の性格は人の習慣によって形作られているのだけど、その習慣を実現するには「習慣にしたいことを3週間くらい続けること」とも言い換えられて、そう考えると、以外の人の性格は、自分でコントロールできるんじゃないかとも思ったり。

それと関連して、読書に関しても考えていた。
仕事できる人と日常の読書の習慣は相関関係があり、因果関係はどちらかわからないけど、ただ、ビジネス書を読むことが仕事ができることに繋がる可能性もある(少なくとも、引き出しやフレームワーク、仮説をたくさん持つことはビジネスのパフォーマンスにプラスにはなりそう)。

そう考えると、シンプルにビジネス書を読む習慣を作ることが、仕事のパフォーマンス改善にも役立つとも言える
で、上記の仮説と踏まえると、とりあえず毎日3週間、ビジネス書をよめば、それが習慣になり、それがパフォーマンスにも寄与する

なんちて、どうだろうかしら。

拒否られてますか的な

最近、以下の記事を読んで良い話だな〜と。

&raquo日常的に拒絶されていないのならば、あなたの目標は十分に野心的ではない

その通りで、OKばかりもらえるお願いごとって、安パイすぎますよね。

ポーカーでも、勝てるカードだけで勝負していたら確率的に、負けます。自分が負けるかもしれないカードでも、戦ってそこで勝ちきるからこそ勝てる。麻雀も同じ。

OKR的な表現でいえば、「それって着地見込み100%のobjectiveですよね」的な。実際は達成率は70%くらいの目標でないといけない。

恋愛もそうなのかな。断られたことがないって、それはそれで素晴らしいことですが、確率論的にはそれってまれなことなので、それって、あなたが最高に魅力的な人が、それか、リスクをとってないかどちかの可能性が高い。

最新、知り合いの経営者も資金調達で200社回った。あるいは、不動産投資家も30銀行を回ったと。で、99%は断られるわけです。でも、1社だけOKしてもらえれば良い。恋愛だって、1億人に断られても、1人だけ運命の人に会うだけで良い。

そう考えると「アプライして断られた割合」ってなんの意味もなくて。それよりも、「たった1つを見つけるためのチャレンジの回数」の方が重要で。
ビジネスも、99の仮説が失敗しても1つだけあたれば、それで勝ちなわけで。

これは言い換えれば
・いかに良い仮説を持てるのか
・いかにチャレンジを繰り返すことができるか
の2つの論点に集約されるのではないかとか思った。

勇ましい高尚なる生涯

尊敬する人に、人生の指針の話を聞いたら「 勇ましい高尚なる生涯」という話を聞いて、めちゃええやんとおもい元ネタのこの本を読んだ。

なんかの講演会の内村 鑑三さんの話。

後生に残せるものとして事業・お金。あるいは、思想(教え・文)。でも、それらを残せる人は限られている。でも、誰でも残せるものがある。それは、勇ましい高尚なる生涯という生き方。

昨今、人生の妙味は、「他人にとって自分ができそうもないことを実現すること」みたいな話を聞いて、ほんとそうだよなと。
これのポイントは、「すごいことをする」というのが良いというわけではなく、「その人にとってチャレンジングなことをする」というのが良いという話しで、全然異なる。

たとえばはじめてのお使い。おつかいなんて我々はできるわけです。でも、ああいう小さい子がするからこそ感動する
昨今、人気のドラマ「ウヨンウ弁護士」も、自閉症で普通の生活が少し大変な方が、活躍するから、その振れ幅に人は感銘を受ける。
スラムダンクの映画もそう。弱小の湘南が、山王という勝てないような相手に挑むこと自体が素晴らしい(もちろん結果も重要だけど)

自分もいろいろ挑戦は続けていきたいと思ってたことだったので、この話は、とても染み入りました

スタートアップ的人生(キャリア)戦略を読んだ。

Linkedinの元CEOのリード・ホフマンさんの本。20年前に一度、東京にいらした時に紹介いただいてご挨拶しましたが、温和で素敵な方でした

>ある分野の基本的なスキルと知識を身につけてしまうと、そこにもっと投資しても、キャリアが大きく変わることはほとんどない。経理の中級レベルの語彙や概念を知っていることで、少しは役立つかもしれない

教育で効果が高いのは、自分が知識がない分野か世界いちをとれる分野

>「いやいや。つまらない分野はよしたほうがいい。成長著しい分野に行くことだ。急成長するところにはチャンスがあふれているからね

キャリアは市場の選定が重要

>問題は、刺激的で豊かになりうる新しいキャリアパスを目指すとき、準備万端と思えるまで待ってしまうことだ。 準備ができたと感じるまで待ってはいけない。

柳井さんか孫さんも、7割くらいの勝率がみえたらチャレンジするといっていたような

>逆に、一流チームに1人でも周りに悪影響を与える人が混じっていたら、全体が腐ってしまいかねない。研究によれば、ビジネスの世界では、最も出来の悪いメンバーの水準にチーム全体が引っ張られるという

組織では、会わない人を採用してしまうリスクが大きいという話し

> 交渉術の研究によると、デキる交渉者と並みの交渉者の大きな違いは、相手と自分の共通の関心事項を時間をかけて探り、相手に質問を投げかけ、共通の土台をつくるということを実践するかどうかだという

MBAの授業でも交渉術はかなり面白かったけど、上記のようなことをいっていた。セールスとは異なる、と。

>「ビジネスの速度は信頼に比例する」と言われている。仲間がいると、その延長線上の信頼をあてにできる。

わかる気がする

>無料の出会い系サイトオーケーキューピッド(OkCupid) が、会員が気に入った相手に最初に送るメッセージ 50 万通以上を調べたところ、「あなたは……と書いていますね」「僕が見たところでは……」「……に興味があって……」といった表現が入っていると、返事をもらえる可能性が高かったという。これらは、相手のプロフィールをよく読んだことをほのめかすフレーズだった

それでもプロフィールを読まない人も多い

>長年の友人のベンが、あなたとお話ができないかと言っています。下記のメールをご覧ください。  ベンは信頼できる友人で、時間をつくる価値があると思います。よろしければ、ご連絡いただけませんか。お忙しければ、ご返信いただかなくても大丈夫です。よろしくお願いします。

「。お忙しければ、ご返信いただかなくても大丈夫です」、このフレーズ参考になるな

>面識のない人へのメールのコツはなんだろう? 起業家ラミット・セシによると、多忙な人が返信し、助けてくれるには3つの要素が大切だ。 1 内容がとても具体的で、その人だけに宛てて書かれている。 2 グーグル検索では見つからない示唆に富む内容が含まれており、それがメールの 90%を占めていること。送信者の経歴や才能・今後のキャリアといった余計な情報は極力排除する。 3 決して、最初から仕事やお金を要求しない

1は意識するけど、2は、なかなかできないかも

> 多忙な人が日々たくさんのメールと格闘している中で、ちょっとしたユーモアは好印象だ。研究によると、ユーモアは相手に「頭がいい人だ」という印象を

ユーモアの効用。たしかに仕事できる人はユーモア好きな人が多い印象

>連絡を絶やさずにいるために技術的に難しいことは何もない。  ときどき、何ヶ月も連絡がなかった相手から「ずぼらなもので……」とすまなそうに連絡をもらうことがある。まるで「手短にメッセージをさっと送れるのはもともとの能力だから、自分には苦手で」とでも言いたげだ。しかし本当のところは、知り合いとまめに連絡を取るには、そうしたいという思いと、ちょっとばかりの準備や先回りの気持ちがあれば十分

連絡を絶やさずにいるのは技術で解決できる

>あなたはおそらく相手の迷惑にはなっていない。誰かに連絡をとったり、ご機嫌伺いしたりすることに関して、「迷惑なのではないか」「押し付けがましいと思われるのではないか」という不安を持つ人が多い。 「一緒にコーヒーでもどう?」とメールを送ったのに返事がないから、1週間後に再送してみるが、またもなしのつぶて。さて、どうしたものか。3度目の挑戦をしたら、「ずうずうしい」と思われるだろうか? 場合によるが、たいていはとりこし苦労だろう。返事がなければ丁寧に連絡を入れ続けよう。色々なメッセージ、贈り物、手法を取り混ぜるとよい。

連絡は気にせずとればいいという話。

>クルーニーは友人から台本を見せられると、「これは自分にとって飛躍への転機になるかもしれない」と直観した。そして、番組のプロデューサーから声がかかるのを待たずに、自分から製作責任者に電話をかけて「主任医師役をなんとしてもやらせていただきたい」と告げた

ジョージクルーニーすごいね

>集まりは定例で開く必要すらない。以前の勤務先での同僚を 10 人ほど誘い、土曜日にブランチを一緒にとれば、いいことずくめだ。

ブランチの効用

>アマゾンのジェフ・ベゾスCEOは交際相手を探していたころ、デートをセッティングしてくれていた友人たちに「機転の利く女性がいい」と語ったという。  だが友人たちがその条件に合う女性を見つけられずにいると、今度は「もし僕が発展途上国で牢獄にブチ込まれたら、救い出す方法をひらめくような女性だ!」と具体的に説明した。こうしてめでたく相手が見つかった

奥さん、そんな素敵な方なのね

>みんな、セレンディピティにまつわる話となると夢中になるからだ。セレンディピティが導く成功を目の当たりにすると、自分もがんばれそうだと思うの

セレンディピティの話は盛り上がる

>人間は本質的にリスクを避けるようにできている。そのように進化してきたのだ。

>「母なる自然は、私たちの祖先を生き延びさせようとして脳を進化させた。そのせいで人間はしばしば3つの判断ミスをしてしまう。脅威を実際より大きく見て、チャンスは実際より小さく受けとめ、脅威にうまく対処してチャンスをつかむために自分ができることを過小評価するのだ

現代ではリスクは過大視しすぎる

無(最高の状態)を読んだ★★★

無(最高の状態)

めちゃ面白かった

>心配事の 97%は起こらない

この一言で、いろいろ気が楽になるファクト。
世の中を幸せにするで賞

>ネガティブの強さは、状況によってポジティブの3~ 20 倍の範囲で推移します。「出かける日に雨が降った」や「転んでケガをした」ぐらいの日常的な不幸なら、ネガティブの強度はポジティブのおよそ3倍。友人や恋人とのケンカのように対人関係がからむ問題なら、ネガティブの強度は5~6倍。虐待や事故といったトラウマ的な出来事の場合、ネガティブの強度は 20 倍以上まで跳ね上がります

データで見せられると面白い

>「情熱的な愛、精神的な昂り、新しい所有の喜び、成功の爽快感。すべての望ましい経験は、いずれもそのとき限りのものである。この点はいくら強調しても足りない」(4)  この現象を、心理学では「快楽の踏み車」と呼びます。ホイールの中を走るハムスターが決して前に進めないのと同じように、人間の喜びも同じ位置にとどまり続ける事実を表した言葉です。 「快楽の踏み車」の存在は何度も実証されており、特に有名なのは、1978年の研究でしょう(5)。これは宝くじの当選者を調べた古典的な研究で、彼らの心理を調べたところ、大半の被験者は当選の直後にしか幸福度が上がらず、半年後にはほぼ全員が元の精神状態に戻っていました。数千万から数億円の賞金を手にしても、私たちの幸福は高止まりしないよう
>アパートに引っ越したうれしさは平均3カ月で色褪せ、給料が上がった喜びも半年で消失、好きな相手と恋仲になった幸せも6カ月で薄らぎ、およそ3年でベースラインに戻ります(6)。大金を手にしても、住む場所を変えても、愛する人と結ばれても、その喜びは常にうたかた

幸せは、高止まりしない。流れていく

>結論から言えば、すべての状況は「あなたのニーズが満たされない状態」としてまとめることができます。  他人に言うことを聞いて欲しい、友人の反応を知りたい、同僚を信頼し続けたい、物知りだと思われたい、がんばりを報われたい……。  表に現れた感情はそれぞれ違えど、何の不満もない状態でただネガティブな感情を味わい続ける人はいないでしょう。根っこにはどれも「大事なものが失われた」や「必要なものが足りない」といった感覚があるはずです。すなわち、私たちの「苦しみ」は、あなたに〝不足〟を知らせるメッセンジャーとして機能してい

不満はモチベーター

>過去の失敗や未来の不安を何度も頭のなかで繰り返す心理のことです。  反芻思考のダメージは計り知れず、複数のメタ分析で鬱病や不安障害との強い相関が出ているほか、反芻思考が多い人ほど心臓病や脳卒中にかかるリスクが高く、早期の死亡率が高まる傾向も報告されています(4)。いつも頭の中で否定的な思考やイメージが渦巻いていたら、ほどなく心を病んでしまうのは当然

反復は危険。

>前頭葉が起動するまでの時間は平均で4~6秒で、そこから 10 ~ 15 分も経てばアドレナリンやノルアドレナリンの影響力はほとんど消えてあなたの怒りは鎮まります。つまり、暴言を受けてから6秒だけやりすごせれば、〝一の矢〟の痛みは過ぎ去るわけ

いらっとしたら6秒我慢は化学的に正しい

>思考とイメージを増大させ、最後に苦しみをこじらせる生き物なのです。  事実、多くの先行研究では、自己にこだわる人ほどメンタルを壊しやすい傾向が何度も報告されてきました。専門的には「自己注目」と呼ばれる状態で、「私はダメな人間だ」や「私は失敗ばかりだ」などの否定的な思考が良くないのは当然として、「私はどんな人間なのだろう?」や「本当の自分らしく生きることができているだろうか?」といったように、理想の自己を思う時間が長い人も不安や抑鬱の症状を起こしやすいことがわかっています(

 >北イリノイ大学の認知科学者ジョン・スコウロンスキは、人類に自己が備わったのは 25 万年前から5万年前頃だと推定しています(7)。  人類の祖先であるホモ・エレクトスが、それまでの 30 ~ 50 人単位の暮らしをやめて150~200人の集団で暮らすようになったのはおよそ 40 万年前のことです。

めちゃ面白い。自己は最近、発明されたものであると。

>ゲームにのめり込んで時間が瞬く間に過ぎたり、小説の世界に没入してただ文字を追ったり、気の合う仲間との会話が盛り上がったりといった体験を思い返せばわかりやすいでしょう。そこには自己の感覚などなく、あたかも目の前の出来事と一体化したような感覚だけがあったはずです。  同じように、リラックス状態でも自己はほとんど発生しません。温かいお風呂に入ったときや、美しいビーチでのんびりしたとき、就寝前にゆったりした音楽を聴いたときなど、どの体験にもやはり「わたし」はなく、あなたはただ環境のなかに存在しているような心持ちを味わうでしょう。意識が完全に現在へ向かった状況では、ただ目の前の世界で起きる情報を処理すれば良く、過去や未来に思いをはせる必要がありません。そのおかげで、わざわざ自己を起動させずに済むのです

自己のない状態。

>以上の知見をもとに、現代の神経科学者や心理学者は、私たちが知覚する〝現実〟の大半は、脳が生んだ物語で構成された〝世界のシミュレーション〟だとみなしています

面白いなー。シュミレーション仮説とは違うものの。

>ここで本当に興味深いのは、視床から視覚皮質に向かう情報の経路より、高次機能から視床に向かう経路のほうが 10 倍も多いという事実です。言い換えれば、私たちの脳の構造は、網膜からインプットされる生の情報よりも、高次機能が作った〝物語〟を格段に重視する設計になっています

面白すぎる。人は物語をそこにみる。

> まずアメリカ人を襲う幻聴は、日本と同じくネガティブな言葉がほとんどです。「死ね」「殺す」「最悪の人間だ」のように、暴力と憎しみに溢れたフレーズが大半を占めていました。  一方、ガーナやインドの農村部に住む者が聞く幻聴は、「正しく生きよ」や「良い日が来る」といったポジティブな内容が混ざり、声の調子もおだやかなものがほとんどだったそうです。おかげで患者たちは統合失調症でもQOLを損ないにくく、症状の寛解スピードも早い傾向がありまし

病気さえも文化によって変わる

>ささいなスキルのように思えるかもしれませんが、ここ数年の研究で、「感情の粒度」がメンタルの安定に大きく関わることがわかってきました。「感情の粒度」が高い人たちを調べたジョージ・メイソン大学などのチームは、感情の言語化がうまい人たちは総じてセルフコントロールがうまく、アルコールやドラッグに依存しにくいうえに病気にもかかりにくいと報告しています(7)。  その理由は、感情の粒度が高いほど脳が混乱しづらくなるから

 また、新しい単語を学ぶだけでなく、「穴の中に落ち込むような孤独」や「豚のように肥えていく孤独」といった比喩表現に触れるのも効果的です。目新しい表現に出会う度に、「この言い回しは過去の私の感情に当てはまらないだろうか?」と考えてみると良いでしょ

不安定にならないためには、言語化が重要

>もうひとつ、未知の外国語に触れるのも有効で、たとえばイヌイット語では「誰かを待つ期待感」のことを「イクツアルポーク(Iktsuarpok)」と呼び、ヒンディー語では「愛する人との別れにともなう心の痛み」を「ヴィラアグ(Viraag)」と表現します。

かっこいいな。

>結果、不快を受け入れた参加者は「苦しみ」の認知が大きく変わり、運動の辛さに抵抗したグループと比べて主観的な辛さが 55%も低下し、疲れて動けなくなるまでの時間が 15%増加しました。この結果をもとに、チームは「不快を受け入れること」の効果を強調してい

受け入れることで、ストレスは減る。

> 過去の失敗もまた積極的に降伏すべき対象のひとつです。失敗の反省は良いことのようですが、ノースイースタン大学などの調査では、過去の過ちを何度も省みる人ほど自己破壊的な行動が増え、アルコール依存や過食に走りやすい事実があきらかにされています(7)。おそらく失敗の記憶が脳に慢性的なストレスをあたえ、現実逃避のモチベーションを高めるのでしょう。この問題を解決するには、過去の失敗が変えられないことをアクティブに認めるしかありませ

科学的にも、過去の失敗は、もう忘れるのが一番。

>その証拠に、ピダハン族は実際に見聞きしたことしか話さない傾向があります。  魚を捕った。カヌーを漕いだ。子どもと一緒に笑った。友がマラリアで死んだ。  彼らの会話はどれも現実にあった即物的なテーマにもとづき、架空の話はほとんど見られません。「もっとお金を持っていたら」や「あのとき別の行動をしていれば」といった話題を持ち出さないのです。  言い換えれば、ピダハン族の会話には過去と未来が存在しません。おかげで明日のことをくよくよと悩まず、過去の失敗にとらわれもせず、ただ目の前の現在だけを楽しめるわけです。  そのため、彼らは特定の宗教を持たず、精霊や祖先

理想的や。

>では、座禅や瞑想に関する過去の研究から3515人分のデータをまとめ、「自分の思考や感情を観察するトレーニングを8週間続けると、不安と抑鬱症状には0・3、痛みには0・33 の効果量を持つ」と報告しました(7)。効果量は観察のメリットを数値に換算したもので、0・3ポイントという数字は一般的な薬物治療に相当するレベルです。薬剤を使わずに同等の効果を得られるなら、試す価値は十分にある
> 取り組み時間の目安は一日3分から始めましょう。ある研究では、 51 人の学生に日常の家事にできるだけ意識を向けるよう指示したところ、3~5分程度でも日中の緊張感や不安が減ったと報告されています( 17)。一回3~5分の作務が続くようになったら、また別の手法に取り組んでみて

観察の価値

>・モチベーションの低下  ワシントン大学の実験では、 15 分間の瞑想を行った被験者は、普通に休憩を取ったグループよりも、作業へのモチベーションが約 10%低下しました(9)。これは瞑想によって自己の感覚が薄れたせいで、未来への目標に向かう気持ちが下がったものと考えられ

瞑想のネガティブ効果

>あるトレーニングのなかでも心を落ち着かせる効果が高いとされ、たとえばアイオワ州立大学のテストでは、496人の学生に「大学の構内を歩きつつ、すれ違った人たちの幸せを願ってみてください」と指示したところ、 12 分の実践で不安とストレスの大幅な減少が認められました( 24)。普段は何とも思わない通行人の幸福を願うことで、縁起性の感覚が高まった

人の幸せを願うとストレスが減る

>無我に至った人間は何者になるのか? いかなる心持ちを抱き、どのように行動するのか?  この疑問については、過去に多くの賢人が体験談を残してきまし
〜 西洋にも同じような証言は多く、イギリスの思想家アラン・ワッツは、LSDという幻覚剤を摂取した後に自己の消失と大いなる幸福感を味わい、「すべての差異がなくなったようだ」と報告しました。ハーバード医学校の脳科学者ジル・ボルト・テイラーは、 37 歳のころに脳卒中で自己認識に関わる脳機能を失った直後から「あたり一面が平穏な幸福感に包まれているような感じ」を体感。この状態を、「脳のおしゃべりが止まった」と表現しています(4)。  似た証言はほかにも無数に存在し、たいていは自己が消えたあとで独特の一体感や安心感が生まれ、人生の悩みが消えて強い幸福感を得たと報告するのが定番のパターンです。本書のタームで言えば、自己を定義してきた物語がはがれ落ち、そのおかげで精神機能が広がった状態と言える

無我の境地ってどんなでしょ

> 観察の訓練が不安の改善に役立つのは前章で見た通りですが、ダービー大学などの試験では幸福度の上昇も確認されています(7)。これは、日本、タイ、ネパールなどから平均で 25 年間をかけて毎日のように瞑想を続けてきた僧侶を招いた調査で、当然ながら、実験前の段階ですでに全員が高い幸福度と智慧のレベルを維持していたそうです。  研究チームは、すべての参加者に「縁起性」(前述の こちら)にまつわる瞑想を行うように指示し、実験前に測ったベースラインとの比較を行いました。すると、もとから高かった参加者の幸福度がさらに上昇し、ポジティブな感情と他者への慈悲心がそれぞれ 10%と 16%ずつ上昇、逆にネガティブな感情は 24%低下し、物事への執着心も 10%減ったのです。  筆頭著者のウィリアム・ヴァン・ゴードンは、こう指摘します。 「主観的な幸福の向上
>アムステルダム自由大学による実験によれば、参加者がたった5分の観察トレーニングを行っただけでも、共感力と他者の感情を見抜く能力が 10 ~ 20%の範囲で高まったとのこと( 12)。ノースイースタン大学の実験でも、一日 20 分の観察トレーニングを8週間続けた男女は、何もしなかったグループに比べて他人のトラブルを助けたり、私生活に悩む人たちの話を聞いたりという利他的な行動の量が500%も増加しました(

瞑想による価値

>・客観的な判断がうまい=数十件を越す研究により、自己にとらわれない者ほど客観的な判断を下すのがうまい傾向が確認されました(9)。無我で判断力が上がるメカニズムはまだ不明ですが、多くの研究者は、観察スキルで自己が薄れたおかげで「うぬぼれ」や「傲慢さ」が消え、主観に飲み込まれない判断が可能になるのだと考えてい
>・情報処理の質が高い=無我にいたった者は感情と思考に流されにくく、固定観念に頼らずに本当に必要な情報を識別しやすいようです。と同時に、外部からのプレッシャーにも影響を受けないため、その分だけ不安や焦りなどを感じずに情報を取り扱うこともでき

自己にとらわれないと意思決定の質も良い

>取り組みましょう。  逆説的なことを言い出したように思われそうですが、近年の研究では、幸福を追い求めるほど実際には幸福度が下がってしまう現象が何度も確認されています。たとえば、デンバー大学などの2011年の研究では、参加者に「普段どれぐらい幸福を大事に考えているか?」をたずねたうえで、過去 18 カ月に体験したストレスと比べました。すると、幸福を重視する者ほど人生の満足度が低く、逆にストレスも高い傾向が見られたのです( 16)。また別の研究でも、320人の男女に数週間にわたって日記をつけさせた結果、やはり幸福感を重視する者ほど孤独感に襲われやすく、鬱病になる確率も高い傾向が見られました(
>このような現象が起きるのは、 19 世紀の哲学者J・S・ミルが指摘した「幸福を直接の目的にしない場合に、かえってその目的が達成される」ようなメカニズムが、人間の中に存在するからです。それもそのはずで、いつも幸せのことばかりを気にしていたら、「私は理想よりも幸せだろうか?」や「私は昔より不幸になったのではないか?」などの気持ちが浮かび、常に意識が自己に向かってしまうでしょう。幸福を求める気持ちが、あなたを「自己注目」( こちら)の罠に誘い込むわけ

幸福を負いすぎてもNG

限りある時間の使い方を読んだ★★

限りある時間の使い方, オリバー・バークマン、高橋璃子

> 社会史研究者のルース・シュウォーツ・コーワンは、著書『お母さんは忙しくなるばかり 4』のなかで、洗濯機や掃除機といった「省力化」のための家電が、実際にはまったく家事を楽にしなかったと指摘する。なぜかというと、家事のレベルに対する社会の期待値がぐんと上がり、家電による省力化のメリットを相殺してしまったからだ

めちゃめちゃ面白い
家電は人を楽にはしなかった

>「仕事の量は、完成のために利用可能な時間をすべて満たすまで膨張する」という有名な法則がある。1955年にシリル・ノースコート・パーキンソンが提唱した「パーキンソンの法則 5」だ。これはただのジョークではないし、仕事に限った話でもない。  どんなタスクも、時間があればあるだけ勝手にふくらんでいくものなのだ。正確には「やるべきこと」の定義がどんどん広がっていくといってもいい。  こういう皮肉な傾向の典型例が、 20 世紀に発明された恐るべき道具、電子メールだ。  電子メールを使うと、地球上のあらゆる人が、いつでも好きなときに、ほとんどコストをかけずに、仕事中はもちろん週末までも、あなたの顔の前やポケットの中にあるデジタル機器に呼びかけることができる。この仕組みのインプット側、つまり受信できる電子メールの数は、ほとんど無限大だ。しかしアウトプット側、つまり実際に読んだり、返信したり、あるいは熟慮のうえ削除したりできるメールの数は、とても限られている

>必要なのは効率を上げることではなく、その逆だった。  すべてを効率的にこなそうとするのではなく、すべてをこなそうという誘惑に打ち勝つことが必要だったの

とてもわかる。

>今ここで感じていることに意識を集中させた。そうすると、冷たさを感じても、苦痛にのみ込まれずにすむのだった

日本」の滝行での話。

>2015年にカーネギーメロン大学の研究者がおこなったおもしろい研究がある 13。研究者らは結婚しているカップルを集め、2カ月のあいだ通常の2倍の頻度でセックスをしてもらった。そうして2カ月後にカップルの幸福度を調べた

まったく幸せにならなかったそうだ。頑張りすぎても意味がない

>つまり同時に休暇をとる人の数に比例することがわかった。みんなが同じタイミングで休暇をとったほうが、みんな幸せになる

バラバラでとっても駄目

脳科学は人格を変えられるか?を読んだ★★

脳科学は人格を変えられるか? (文春文庫), エレーヌ・フォックス、森内薫を読んだ

>楽観的な人の心は、ポジティブなものに強く引かれると同時に、ネガティブなものを巧みに遠ざけている。悲観や不安を抱きがちな人と楽観的な人とでは、認識のスタイルが根本的に異なっているのだ

幸せは注意の向き先によって変わるという話と同じ。

>楽観と悲観はどちらも、「人がどんな遺伝子をもっているか」「どんな出来事を経験するか」「世界をどのように見、解釈するか」の複雑なからみあいから生じる
>オーストラリアのメルボルン大学のブルース・ヘディとアレクサンダー・ウェアリングは一九八九年に発表した研究の中で、「人がどんな経験をするかは気質に影響される」ということを示唆した

悲劇は、精確によるもの。

>楽観主義(オプティミズム)という言葉本来の意味は、この善きものを信じる思いにずっと近い(6)。わたしたちが今日「楽観主義」といって思い浮かべる「バラ色のメガネをかける」とか「明るい面ばかりを見る」などのイメージは、もとの意味からはかなり遠ざかっているのだ。  ラテン語で「可能なかぎりの最善」を意味する「オプティマム」に由来する「オプティミズム」は、ドイツ人の哲学者にして数学者のゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(一六四六~一七一六)が考えた概念だ。ライプニッツによれば、神は可能なかぎり最善の世界を創造した、だから、それをさらに改善することはできない。つまり、オプティミズム本来の意味においては、「ものごとの明るい面」だの「グラスに水が半分 も ある」だのの概念は無縁なのだ。  本来のオプティミズムとはだからむしろ、世界を善悪こみであるがまま受け入れ、なおかつ、そこに潜むネガティブなものに屈しないことだ。

「世界を善悪こみであるがまま受け入れ、なおかつ、そこに潜むネガティブなものに屈しないことだ。」という幸せのスタンスはマッチョ。

>デーヴィッドソンと同僚のジュリー・ブレフツィンスキ=ルイスの研究によれば、注意集中法で瞑想を実践している人は、集中したり、気が散るのを防いだりする脳の回路がたしかに強くなっていた( 14)。二人は、平均一万九〇〇〇時間の瞑想を実践したエキスパートらに実験に参加してもらい、瞑想の初心者と比較した。予想通り、邪念を遠ざけるのを助ける前頭前野の回路は、瞑想のエキスパートのほうがずっと強く、彼らは瞬時に集中モードにスイッチを入れることができた。興味深いことに、瞑想の実践をもっとはるかに多く、平均で四万四〇〇〇時間も積んだ超エキスパートの場合、回路がそれほど活性化されなくても邪念をはねかえす力や集中する力は他の修行僧よりはるかに強いことが判明した。

瞑想でポジティブに

>これが、〈マインドフルネス認知行動療法〉として知られるようになる手法だ。シュウォーツが人々に訓練したのは、ストーブを消したかどうかチェックしたいという衝動と闘うことではない。そうした症状を、〈憂慮すべき何か〉として認識するのをやめ、脳内回路の失調のあらわれとしてとらえ直すことを彼は患者に教えたのだ。  シュウォーツはこの分野の先駆け的な研究の中で、被験者に一〇週間のマインドフルネス認知行動療法を施し、療法の開始前と終了後の二回、脳スキャンを行った( 16)。その結果、療法を受けた後では眼窩前頭皮質の活動があきらかに低下していたことがわかった。療法によって、強迫行為への衝動が弱まったのに加え、脳のエラー探知システムが活動過多でなくなったおかげで、被験者はなんとかふつうに生活を送っていけるようになった。これはすばらしい進歩だった。標準的な認知行動療法は強迫性障害にはほとんど効果をもたないものだが、マインドフルネス瞑想法を組み合わせたことで、大きな成果が得られたのだ。

認知療法行動が、強迫観念に意味がある

>標準的な八週間のプログラム終了後に測定を行うと、マインドフルネス法の瞑想を実践した被験者には、脳の活動にも免疫機能にもプラスの変化が認められた。脳の活動の左右の偏りについては、頭につけられたすべての電極にではないが、すくなくともいくつかの電極に、右から左への活動の移行が見てとれた。ハッピーで楽観的な人に典型的に見られる脳活動のパターンは、瞑想によってたしかに強められていた。また、マインドフルネス法の瞑想を実践した人の体内では、実践しなかった人に比べてインフルエンザの抗体が非常に多くつくられていたこともわかった

インフルエンザの抗体まで!

>いいかえれば、脳の緊急領域が警報ベルを鳴らしっぱなしになっていたわけだ。こうして神経科学的に確認されたのは、その昔ブッダが説いたのとまったく同じことだった。自分の感情にラベルを貼り、単に注意の向かう〈対象〉として扱えば、ネガティブな経験をもある種超然とした立場から眺められるようになるのだ

ラベリングが重要とは聞く。

>だから、状況を自分でコントロールできること──あるいはコントロールできると感じること──は、幸福度を左右する重要な要素なのだ。困難な状況におちいっても、状況をわずかでも自分で制御できると信じれば、対処しようという気持ちはおこりやすい。猛スピードで走る自転車の後ろの荷台や、横滑りしている車の助手席に座っているときの恐怖を思い浮かべてほしい。もし自分が運転をしていれば、恐怖心はいくらかなりとも緩和されるはずだ。それは自分が状況を制御しているという感覚が、自信を与えてくれるからだ。ラットを使った実験からも、自分で制御がきかない状況は、胃潰瘍などストレスになりやすい

コントロールできると感じること。
会社の理不尽なストレスで、体調崩すのは逆にコントロールできないから?

>もうひとつ重要な発見が、科学的な研究からもたらされている( 31)。それは、人がほんとうの意味で幸福になれるのは次に述べる三つの要素があわさったときだけだということだ。ひとつ目は、ポジティブな感情や笑いを数多く経験すること。ふたつ目は、生きるのに積極的にとりくむこと。そして三つ目は、今日明日ではなくもっと長期的な視野で人生に意義を見出すこと

ふーむ


・カップルでポジティブ比は1:5。ポジティブ5でネガティブ1。そのエピソードの割合が重要。