あの頃はまだ知らなかった。湿った木の生い茂る神社の裏側で、僕はただ無能に夏の日差しを浴びていた。木に打ち付けられた紙の「わら人形」が何をするかなんて意味を知らなかったし、その子供にとっては知ったところで何も人生に寄与する話でもなかった。ただ、永遠に続くような蝉の鳴き声。そして、もはや町中に立ち上る蜃気楼。くらくらしても、水なんていらなかった。声をからしてボールを追いかけまわっていた。無論、そんな時間は長くは続かない。世の理の如く、時は流れ、人に死に、夢は霧散する。木っ端微塵。それでも、子供ゆえの傲慢さと、そして怖いもの知らずの単細胞。その歯車が回っている限り世界は自分の手の中でまわっていたし、彼にとっては実際そうだった。まるでざりがにを釣り糸で釣るように、世界はチャチで飄々としていた。悪くなかった。
夏がいつの日からか顔を変え始めた。朝顔という言葉を聞かなくなって久しくなってからだ。朝顔の水遣りに言った日々を今、懐かしく思い出す。もはや池とは言わない干からびたデカイ穴をただ、友達と眺めていた。時々石を投げながら。恋という言葉さえも知らず、知っていたところで彼らにとっては邪魔なものだけだった。世の中の万事は適材適所で動いている。あなたが知ろうと知らまいと。誰が転校してきても、誰かが転校していっても吉本隆明が転向しようともどうでも良かった。そんなの3日と持たない刺激。刺激を求めて犬を追い掛け回し、こおろぎを飼う様な。そんな夏はいつしか水着とビールの夏になる。カブトムシはもういない。かたつむりもいなければ、カブトガニだっていない。道頓堀にも、筑後川にももういない。稲穂が色づくころにはそんな夏も色あせて来るべき冬の憂鬱さと見たこともない空の重さ。そんな日々の中で夏の思い出は磨耗してゆく。
夏が全てだったとは言わない。しかし天主が作った造形物の中では秀逸なるものなのだろう。夏を造形物といわないのかもしれないが。いずれにせよ太陽は罪なるもの。そして神の共犯者。愁嘆、悲嘆、嗟嘆と人の嘆きと鬼胎を屈託することもなく狼火をあげる。根本から震源から禍根さえも燃えつくすような情熱で底なしの時間が平々凡々な日々に上乗なる時間を上乗せする。六日の菖蒲と目ぼしいものなんて肝心要のベンベルグ。
それくらい夏とは雄大だった、てことだ。
もうすぐ夏だ
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