油断ならない生活

先日、はてぶで「〈生活〉といううすのろ」という記事が話題になっていた。

中身はともかく「生活といううすのろ」というタイトルの白眉さ。シビレル

お父さんとお母さんも、この「生活というすのろ」がなければ、いつまでもユーミン聞いてお父さんの伝説のサーフィンの話で盛り上がってられたんだと思う。

ここにユーミンが出てくるのもいいよ。中島みゆきじゃだめなんだよ(※当方は中島みゆきの方が好きですが、文脈的な意味で)

そういえば、6年くらい前の岡崎京子の記事で、岡崎京子の作品「私は貴兄(あなた)のオモチャなの」に出てくる

『「生きることなんて召使に任せろ」とリラダンは言ったわ』

という台詞を引用したけれど、まさにそういうことなんだろうな、と思うわけである

生活とは厄介である。生活のせいで、洗剤は毎月かわないといけないし、お風呂は掃除しないといけないし、お腹が空いたら何か食べないといけないし、寝てないと眠くなるし、なんというかポンコツである

ゆえにいかに生活を効率化できるかがポイントだと思っていて、「会社から近くに住む」「買い物はネットで済ませる」「食べる場所を決める時のロジックを作っておく」とかとか。

とはいえ、この生活は生活で、情緒のあるものだから油断ならない。

以前もかいたような、新品のハンガーで人は幸せになったりする

うーむ。ということで、相変わらず生活との距離感をつかめない日々

オリンピックからの動画徒然

オリンピック開催地の決定、おめでとうございます。ということで以下のブログで、ある動画を知る

»東京オリンピックが来た! 日本復活の狼煙 – UEI shi3zの日記

上記の1964年の東京オリンピックの動画。

この初めてアジアを渡った聖火というのにぐっときて。元パッカーとしては、ここにシルクロードの浪漫を重ねるのも無理なく。

いわば中国からの逆からの流れに、無数のアジアの山々とそして多様という他ない人々の生活をい思いだして、朝から感銘を受けていた。

さてはて。

で、感動した動画を思い返すに、代表的なものは、以下の「祝!九州 九州新幹線全線開CM」である

2011年3月12日の開通であり、地震の都合で放送が4回しかされなかったため幻のCMとも呼ばれている。

カンヌ国際広告祭金賞を受賞し、マイア・ヒラサワの曲「Boom!」がとても印象的な動画。

どうも当方はこのような「力を合わせる」的な「群像」ものに弱い。

で、上記の動画の関連動画に以下の動画があって見てしまった

ローラがCarly Rae Jepsenの「Call Me Maybe」に合わせて躍るというもの。ダンスがかわいい

ちなみに、我らがWorld order版の「Call Me Maybe」もあります(ユーザ作成のリミックスだけど)

World orderで一番好きなのは、Boy meets girlだけれども。

で、「踊ってみた」といえば、ニコニコ。

個人的には以下あたりの動画が好きでしょうがない(王道だけど

あとドアラも。そしてケツタネットも。

で、踊りの素人動画の最高峰は「以前も触れた」けれど、Mattさんの「Where the Hell is Matt?」でしょう。

いつ見ても泣ける。戸君い0分56秒あたりからの高揚感はカタルシスさえ感じさせる。

なお動画は第三段となる2012年バージョンも出ています。

なおこの動画についていたYouTubeのコメントがかっこよかった

Once upon a time, not so long ago,
this was one man dancing alone in a street
Now the world is dancing along on mountain tops

柔肌の熱き血潮のCM

YouTubeの動画前に流れるCMにまたも引っかかって。

今回はトヨタのSAIのCM。

真木よう子が与謝野晶子の歌を詠む動画。

比較的、有名な

柔肌の熱き血潮に触れもみで寂しからずや道を説く君

の歌。

今回もひっかかった理由は「普段は5秒でスキップ」をしているのですが、その5秒の間にこの歌が始まり「お」とついつい引き込まれた。

先日は歌による引き込みの妙技を感じたのだけれど、このような”歌”での引き込みもあるのだなぁ、と。

動画は上記

ちなみに、このSAIのCMは「普通のセダンだと売れないから、チョイ悪を目指したい人」に訴求するCMだとか。

そんな真木さんを起用する事で、ちょっとだけ不倫願望があるような、ホントは遊んでみたいんだけど、といった妄想を想起させるようなシーンにも似合う、古い表現ですがチョイ悪を兼ね備えていると表現したいのでしょう。

»トヨタ「SAI」の新CMに真木よう子が選ばれた理由とは? (clicccar) – Yahoo!ニュース

つまりは、この車を乗ってるのは、富士通のFシリーズの携帯と同じニュアンスを持つわけですか。いわゆる肉食?

しかし、その割には、この歌はむしろ草食系男性に向けた歌では?

うーむ。いまいちピンとこないけど、気になったCMでした

最近のヘビロテ

さて、ここ最近(数ヶ月)のヘビロテ曲紹介のコーナーです

特にニーズはないことも解りながらのもはや自分用メモ的な

JUDY AND MARYの「ラッキープール」

そもそも、この曲がヒットした曲とは知らなかったのだけど、ハルカリのカバーでしる。

で、夏だし、この曲をフラフラ口ずさんでいた昨今。なんかゴムプールの思い出が想起されて、郷愁的な曲でございますね

Pitbullの「Don’s stop the Party」

9月に来日公演もあるピットブル。通称、お祭り番長。

とりあえずこの曲が街中に流れれば、街は動き出す。

Owl City & Carly Rae Jepsenの「Good time」

サマソニにも出演したカーリー・レイ・ジェプセンの代表曲。

Mr.children「過去と未来と交信する男」

シングル化もされておらず、タイアップもされていないかなりマイナーな曲。しかし、中毒性の非常に高い曲でなぜかよくリピートしてしまう。

2Cellos の「Kagemusha」

docomoの2トップのCMで使われている曲。2cellosはクロアチア出身のデュオ。

なお、2人が有名になった「Smooth Criminal」のチェロバージョンもかっこいい。iTunesでDL可。

ベートーベンの「チェロ ソナタ 第三番 作品69 アダージョカンタービレ」

集中力があがる音楽を菜がしてくれるツール「Focus@will」で知った。下で視聴可能

Amazon.co.jp: チェロ・ソナタ 第3番 イ長調 作品69/第3楽章:アダージョ・カンタービレ-アレグロ・ヴィヴァーチェ: クラウス・ペーター・ハン(チェロ)/フリーデマン・リエガー(ピアノ): 音楽ダウンロード

映画レミゼラブルの「民衆の歌」

いいと思いました。日本語版しか公式動画は見つけられなかった

ブルーノマーズの「Marry you」

Blueno marsの曲で、確か少し前にGleeで使われていた(ハズ)。

少し前に話題になった最高のプロポーズ動画でも使われていた曲。

ブルーノマーズは「Grenade」も「Just the way you are」も名曲

Gina Starの「This is Hollywood」

ハリウッドの夢を歌った曲(多分)。

ユーザが作った曲リストを聞けるThefuture.fmで知った一曲。

サクラ大戦 帝国華撃団

ロボットレストランにいった時に流れていたBGM。

怒髪天の「俺達は明日を撃つ!」

いってたジムでは、MTVが流れているので、走りながらたまに聞いているのだが、そこで知ったのが怒髪天というロックバンド。その一曲。

globeの「Precious memorys」

数ヶ月前、FacebookでGlobeの曲の言及を見かけて、懐かしさを感じ、帰り道にツタヤでGlobeのCDを借りた。

この「precious memories」は、学生の頃きくよりも最近きくほうがぐっとくる名曲

サザンの「あなただけを~Summer Heartbreak」

夏の終わりの曲としてはこちら。

この歌詞に出てくる

「誰かが落とした麦わら帽子が波にさらわれて夏が終わる」

という歌詞で「ああ、夏は麦わら帽子が波にさらわれて終わるのだ」と知りました

バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」

トヨタの「アクア」のCMで使われている曲。仕事中は歌詞のない曲の方が作業がしやすいので、歌詞のない曲に弾かれることが多い

» toyota.jp アクア | TVCM・ムービー

でんぱ組.incのW.W.D

ドラマ最高の離婚でも使われていた一曲

Suger soulの「Garden」

最近、iTunesのランキングでもランクインあった。何かタイアップか何かあったのかな?

今はなき店でもよくかかってた曲

Congorock & Stereo Massiveの「Bless Di Nation」

どこかの店で流れていて気になってShazmでチェックした曲

■終わり

こう改めて自分が音楽を知るきっかけを調べると、いろんなところで音楽は出会うのね~と感心

vineが相当面白い

Twitterのミニ動画サービス「Vine」。

これがとても面白い。

TechCrunch」でみたのが、以下のVineの動画集

Vineは、細切れに動画を撮れるサービスなのだが、その細切れの時間にクリエイティビティが凝縮されている

最長でも6秒しかとれない短さが動画に小気味よいテンポをうみだしている

この脳天気な動画は、何度みても飽きない。愛が溢れているとさえいっても良い

他にも上記などの作品もある

ブログを細切れにしたツイッターが、動画も細切れにしてみたこのサービス。まだまだWebサービスは思いつかない切り口があるのだなーと感じた限り

世界をかえさせておくれよ

さっき、CMと音楽の投稿をした時に思いだしたことがあるので連投。

最近、懐かしい曲がCMのBGMに使われることが多い。これは、別に最近だからではなく、昔からあったのかもしれない。しかしながら、構造上、若い人はそのことに気づかない(若い人にとって昔のBGMは知らないので、テレビCMで使われていても懐かしいとは感じない)。あるいは最近はCMの担当者が30代の中堅になってきて、その担当者と当方が同じ世代のため、その年代に刺さる曲がCMで使われているという背景もあるかもしれない

で、最近、耳にしたのがサンボマスターの「世界をかえさせておくれよ」という曲。いろはすのCMで使われている

曲自体は2009年らしいので、古くないのだが、とはいえ、最新曲ではなく、一昔の曲(当時リリース時もいろはすのCMで使われていたそうだが)

で、この曲が「世界をかえさせておくれよ」という相変わらずのサンボマスター節の暑苦しさが2週くらいして気持ち良いのも良いのだが、それよりもこの曲に登場する女性ゲストボーカルの「伊藤歩」が良い。

その伊藤歩が歌うフレーズに「この2時間の君の頑張りから明日の恋が変わるかもベイビー」という青臭いセリフがあるのだけれど、とはいえ、これは、伝説の写真家ロバートキャパの名言「きみの写真が傑作にならないのは、あと一歩、被写体に近づいてないからだ」にも通じるものがあるもので。青かった私は、「なるほど、2時間で世界は変わるのね」とか独りごちた覚えがある(謎

で、当方は別段、サンボマスターのファンでもなく、特に曲もあまり詳しくないのだが、以前、彼らの曲の歌詞をベースとした写真集をたまに手にしたことがあり(たしか新聞の書評欄で紹介されていたのがきっかけだと思う

当時は2006年、渋谷のいまはなきブックファーストで。

そのぬくもりに用がある
山口 隆
角川学芸出版
売り上げランキング: 606,473

それが上記の「そのぬくもりに用がある」という一冊で、写真家は平間至さん。

その中の1写真に非常に衝撃を受けた。それは、「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」という歌詞と合わせた写真なんだが、ある小さい女の子が、地面一面におちたツバキを拾って、手にしているという写真で。その時、当方は「ああ、愛とは、地面一面におちたツバキを拾う心のことを言うのだ」と独りごちたわけで。

ということだ

CMと音楽とLMFAOとKishi Bashiと

YouTubeで本編が始まる前にCMが入っていることがある。

今まで大抵はスキップしてしまうことが多かった。しかし、今回、以下のCMの時だけは珍しく最後まで見てしまった。ちゃんと最後までみた動画広告は初めてかも知れない。

それが、このKDDIの「PLAY SCREEN」のCMである

わたくしめがこのCMのどこに惹かれたかというと音楽だった

LMFAOの「party rock anthem」。一昔前の曲だが、当時はいたるところでかかっていたような気がする。ダンスも特徴的で、街中では、このダンスを踊る人たちもいた(カラオケとか

※参考:以下その公式PV

で、この曲を聴きたい、というよりも、この曲が好きだったので、この曲がCMでいきなり流れて、ついCMを見続けてしまった

勿論、その先で最後までCMを見たのは、CMの構成の力が大きいのだけれど、導入の惹きつけは音楽の力だった

そう考えると、動画CMでは、音楽の力が非常に侮れないのではないかと感じた(少なくとも僕の場合

ただ、当然、そこに生じるジレンマとして音楽は「みなが大好き」というものはなかなか少なく、どうしても音楽を軸とすると、その音楽のターゲットがCMのターゲットに鳴りかねない
(皆が愛する音楽があったとしても、曲の導入部だけで人のアテンションをひくには、その人たちが耳慣れた音楽ではないといけないため

こんなことは自明なのかもしれない。そういえば、最近、CMでも、ブルーハーツや忌野清志郎の懐かしい曲を耳にすることが多く、そんな時はついCMを見てしまうわけで。

ただ、YouTubeのCMの動画で、メジャーな曲を使った事例はあまり記憶にない。もちろんそれはライセンス料の問題が大きいためだろうと思うけれど

さて、蛇足ながら、キャリアのCM曲で個人的に非常に好きなのが、docomoのAscendで水原希子女史が登場するCMにおけるKishi bashiの「Philosiphize in it! Chemicalize with it!」。CM当時は音源がリリースされていませんでしたが、先日にアルバムとしてアルバムとして発売され、iTunesでも販売されています。

ということで、単なるLMFAOっていいよね、という内容のない記事になりました。以上

※埋め込んだ動画は全て公式の動画です

コナミスポーツの目黒店がいいかんじだった

いつもいっているジムがお盆休みだったので、別のジムを探した

すると、コナミスポーツの目黒店を発見した。いってみた

目黒駅から坂を下ったところにそれはある。しかし、非常に風情のある場所にそれはある

なんと雅叙園の隣のビルなのだ

心なしかジムも和風の匂いが漂う。またビルの3階にあるので、窓からも階下を見下ろせる気持ちよさ

プールも光が存分に差し込み気持ち良い。日光浴をしている人たちもたくさんいた

当方、旅行先でプールがあれば入るというくらいプール好きな生き物なのですが、リゾート地を除くと、このプールが一番気持ち良いプールだったかもしれない

ということで、お薦めのジム紹介でした

時計台

何かWebサービスを使おうとする

IDを取れ、といわれる。自分に関係のないIDがいいな、と思い、何か考える

その時に、大抵でてくる単語が「時計台」だ。しかし思い返しても、時計台とゆかりはないし、エピソードも何もない。だからこそ、「関係のないID」で思い浮かぶのかもしれないが、あまりにも飛躍が著しい連想だ

もっともいったことがないわけではない。有楽町の時計台や大学の時計台などでは待ち合わせをしたこともあろうかと思う。ただ、それでも、最初に思い浮かぶ単語が時計台なのは、なんとも解せない

しかしながら、時計台という単語は悪くない単語である、と思う。時計を支える台であり、なんだか、それは昔の地球が亀の上にのっていた、というおとぎ話を想起させるような、なんとも心強く、そして、意味を持たない存在である。ただ、支えている

ただし、存在感はある。待ち合わせでもよく使われるように、時計台は、何かしらの象徴であるのだ。村上春樹ライクなレトリックを使うならば。

ただし、それが何を象徴しているかというと、甚だ心許ない連想しかない

歴史であったり、時の流れであったり、場の匂いであったり、あるいは物事が起こる場所であったりする。たとえば、イギリスのビッグベンや札幌の時計台が持つような。

そう考えていて、1つ、時計台のエピソードを思いだした

ある人と時計台で待ち合わせていた。しかし、僕たちは時計台で落ち合うことができなかった。時計台の場所の認識に齟齬があったからだ。携帯で、結局、別の場所で落ち合った

ここに何かの意味を付与することは可能だけれど、それはあまり意味をなさず。ただ単に「時計台で待ち合わせたけれど、そこでは落ち合うことのできなかった話」というエピソードである。教訓も示唆も何もない。

風立ちぬ

機会があり、ジブリの新作、風立ちぬを見た。

この映画は、なんとも感想を言いたくなる、ないし、かきたくなる映画だ、と思った

良い映画はそれだけで独立して存在するが、ただ、同時に人とのコミュニケーションを促進する映画も、また良い映画である

前者は、たとえば、ショーシャンクやエターナルサンシャインであろうし、後者はたとえばユージュアルサスペクツやパルプフィクションであろう。

往々にして、後者の映画は、人の想像によって完成される作品である。そこには謎があったり、あるいは解釈が求められる

人はそこに意味を持たせたがる。それゆえに、その映画はまさにメディアの文字通り、媒体となって人の口を渡り歩く

この映画も、他のジブリ作品と同じく多くの隠喩や伏線がはぐらされていたという点では同じだけれども、それ以上に「どこに着眼するか」という点が、多く用意されている映画であったように思う

それは恋かもしれないし、飛行機かもしれない。あるいは、そもそもこの映画の試みかもしれないし、ないしは、サブキャラの存在感かもしれない。あるいは重ねられた歴史かもしれないし、ないしは声優かもしれない。それゆえに、ネット上でも数々の侃々諤々の議論が見受けられるのであろう、と思う

いろいろなとっかかりがあり、見ているうちは、それがなんとなく喉に引っかかったサバの骨のごとく違和感として残るのだけれど、それゆえに、映画の後では、これに関して誰かと話をしたくなる、というような

僕の場合は言葉だった。この映画に使われているいくつかの言葉の意味がとても引っかかり、それが後にも残った。

なぜ、そこでその言葉を使ったのか、ないし、「風立ちぬ、いざ生きめやも」という堀辰雄によって素晴らしい日本語に訳された「Le vent se lève, il faut tenter de vivr」の意味合いであったり(蛇足ながら、ヴァレリー自身(テスト氏)に私が学生時代になじめなかった作家なので、そういう意味では、ヴァレリー自体が、喉に刺さった骨である)

そういう点でこの映画は、良い映画だな、と思った