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日本は1000年後も存在し続けているか?

最近、「海外」だの「日本の将来が云々」だの話をよく聞く。
そこで、そういふものについて考えた。
仮定を置く。「1000年後、世界に10カ国しか残っていないとするならば、そこに日本は入っているか?」という問い。
どう思われるだろう?
つまり、この問いで言いたいのは、「日本は今後、社会にとって価値を提供し続けられる国であるか」という問題である。
もちろん、私も日本人である以上、何より、この日本のブランドに関して10年近く学んでいる以上、「YES」と言いたい。
しかし、客観的に見る必要がある。
自然淘汰による進化論を国に当てはめていいかもしれない。日本は世界の環境変化に適応できるのだろうか。
日本は独自の文化と言われるが、逆に言えば、環境適応には弱い可能性がある。もっとも模倣文化の強みを考えれば、いざという時に強いのかもしれない。
次に企業のメタファーを当てはめて考える。世の中で存在している企業は、経緯はいずれにせよ「社会に価値提供」をしている企業である(ことが多い)。
よって、「日本が社会に価値を提供し続けられる国」ならば、今後も残っていくだろう。ただし、それは他の国が提供できない価値である点や、ないし、相対的に「提供価値の量が膨大である」という点を鑑みた上での「価値」であり、たんに「少しの価値」であれば、どの国も提供しうるだろう。
ここで、日本にいるとよくはまってしまいがちなのがバイアスである。日本で触れている海外の評価や、日本の強みは、世界レベルで見ると、そうでないこともある。
たとえば「日本の文化の独自性」「日本人の良さ」は、確かにそうであっても、それが「世界に対して、評価されうる価値なのか」には検討を要する。
客観的に見る場合、世界に展開できている企業から考えるとTOYOTAやSONY、任天堂などのメーカー企業が代表的だ。
このあたりは、それなりの売上をあげていることからも、価値は把握しやすい。
あるいは、アニメや漫画などを上げる人もいるかもしれない。しかし、アニメや漫画の海外の市場における日本シェアがわからないので、そこは私は判断できない。
(追記:マンガのシェアは6割くらいという情報を頂きました!ありがっす)
つまり、これを数値化するには
「海外のエンタニーズ市場×そのうちのアニメ・漫画市場の比率×そのうちの日本シェア」で算出した上で規模をはかった上で、その「代替不可性」、「ニーズ度の高さ」を鑑みる必要がある。
たとえば、「衣類は中国で生産」されていることが多いが、かといって、中国の衣類が中国の強みであるとは限らない。なぜなら、衣類の生産は他国でも代替可能であるからだ。現状は規模とコスト面から必要があるが、もし中国が衣類扱いません、となっても、その場合は他国が代替を提供するだろう。
他は何があるだろうか?探せばもっとあるだろう。
ただ、世界における日本の売上シェアが落ちている場合、それは国力の低下、ではなく「日本の必要性の低下」を意味する。
つまり、「日本が社会に提供している価値が減っている」ということになる。
このあたりを最近、考えている。
従来は「力」で国が存続していた。戦争で勝てば、その国は領土を得ることができたし、あるいは、対価を得ることができた。しかし、昨今はイデオロギーと経済の社会である。いわゆる「ソフトパワー(定義は多様だが)」の重みが増してきた。
そう考えると、単なる強みで国は生き延びるわけではない。
極端に言えば、いくら武力を備えていても、人口が激減し、輸出がほとんどなければ、その国は他国を吸収合併しないと、そもそも立ちゆかなくなる。そして、現在の世論は吸収合併を許さない。世界の憲兵が黙ってはいない。
ゆえに、「国の価値提供」が、今後の日本にとって、必要な事項なのだ。
かならずしも「人口」が増えれば解決する問題ではない(内需が増えれば、経済はまわるにせよ。あと相関関係はあるにせよ。因果関係かも)。
ちょうど、ここ数年、三国志やローマ人の物語を目にする機会があったのだが、「国は簡単に移り変わる」のである。
もっともそこには100年や200年の年月というスパンだけれども、とはいえ、今のアメリカの覇権はまだ100年もないものだ。そう考えると、まだまだ国は新陳代謝を興す。
また、EUの動きや各種の国際協調、国際間の経済動向の動きを見ていると、古来の合従連衡を思い返す。
外部に敵がある場合、国は集まり出す。実際、日本でも市町村の合併はすすみすすんでいく。ブランド国家論はそのような中で出てきた「個性」を出そうとする動きだ。
このような流れでは、数千年のスパンでみれば、国はどんどん少なくなる(もっとも、国という概念は変わるが)。
そうした時に、日本はどのような価値を世界に提供できるのかしら。
最近、このような問いが頭にまとわりついています。

不完全な世界

先日、パン屋で店員さんが、おつりを間違えた。
子供の頃、「店で店員さんが、おつりを間違うことなんてない」と思っていた。
それはまるでビッグベンの時計のように正確なものだと思っていた。
でも年を取るにつれ、そういうことは「よくある」ということが分かった。子供の頃は全てが大人であった「働く人」は「そうでない」ということも分かったし、自分が八百屋でバイトをして間違うこともあった。
パン屋でも、花屋でも、おつりを間違えられることはあるんだろう、と思う。
「世界って正確ではないのだ」と気づいた。
それは言えば当たり前だけれど、自分が信じていた前提が崩壊するようなインパクトがあった。
「電車が遅れる」「契約書の日付を間違う」「約束のアポを忘れる」「書類をもっていき忘れる」「メールの宛先をBCCとCCを間違ってしまう」などなど。
世の中は、数多くの間違いが多く発生している、と気づく。
しかし、同時に、その「社会の設計」のすばらしさに気づく。つまり、「ある程度のミスに関しては、コアに影響を与えないような生態系」ができあがっているのだ。
たとえば、あなたが明日、送付予定の手紙を投函し忘れたとしても、社会は殆ど何も変わらずに回り続ける。
これを社会生態学やガイア理論的なものに想像をふくらませるものは可能だが、手に負えないので辞める。
ただ、この「間違いを前提にしたシステム」というものは、非常に興味深いもので。
「世の中にミスはないならば、じゃあ、ミスが起こっても大丈夫なシステムにすればいいじゃん」という意識転換のあらわれなのだ。
では、世の中に世界のプログラミングをした人がいると仮定するならば、なぜこのような「ミス」を発生する個体を設計したか?という問題に突き当たる。
それの答えは明確で「不確実性」に対する処理の高さが環境適応にもっとも適しているからである。つまり「確実性」のものだけだと、進化は限定的になる(このあたりは雌雄同体におけるクローンの進化限定的な話とかになるかしら)。
その不確実性のあらわれがプラスであらわれれば「イノベーション」となるし、マイナスであらわれれば「ミス」となる。
で、このマイナスのミスが発生した場合の対応は、プログラミングでいうところの例外処理、に当たる。
携わった方には釈迦説法になるが、この例外処理というのは想像する以上に厄介で。つまり、あるサービスがある。その上に「ユーザがありとあらゆることを行ってもシステムが変わらず動く」という設計にするには、「ユーザのありとあらゆる行動」を事前に予測しなければならない。
たとえば数字を入れる箇所に「ひらがな」を入れるかもしれないし、「名前を入れる」欄に1億文字を入力するかもしれない。もちろんこれらのイージーな「例外」は、対応パッケージ的なものがあるわけだが、それでも、人間の行動のあらゆるパターンを想定するというのは、想像以上に厄介だ。
それに関して、人間はたとえば「忘却」というのも例外処理の1つになるのかもしれない。
仮に、あなたに恋人がいたとする。その恋人が何か病気が事故で他界してしまった。もし、あなたに「忘却」という処理機能が備わっていなければ、あなたは耐えきれないかもしれないし、他の人との恋愛はもうしないかもしれない。ただ、面白いのはミスも失敗も人間が定義するものであって、客観的なものではない、という点にあるのだけれど。
他に、上場企業のIR資料にも「事業リスク」はたんまり織り込まれていて、「天災」だけに限らず「テロ」「景気変動」「人的ミス」などあらゆる「予想しないもの」が記載されている。
途中だけど時間の都合上、すっとばして結論にいくと、世界において「失敗は折り込み済み」ならば、この例外処理が肝なんだろうね、と思う次第。

本:とにかくすぐやる人の仕事の習慣

とにかくすぐやる人の仕事の習慣
豊田圭一
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5 すぐやることで仕事の質が上がる
5 ”すぐやる人”になりたい方必見

豊田さんが新刊を出されたそうです。献本御礼!
「すぐやる人」の代名詞である豊田さんのテクニックやポリシーなどの本。
冒頭にも書かれていますが、

すぐやるは性格ではなくスキルの問題だと思っています。

という言葉に哲学が集約されているのではないかと。
「時間とうまく付き合う方法」「手帳、メール、電話の活用法」「ネットワークを作る」といった風に生活全般のノウハウが書かれています。
ちなみに、実際、本書(と今までの著書)にもあるように、氏の「メールの返信速度」はチョっ早で驚くほど。こちらが送信してから、1分かかってない時もあるのではないでしょうか。
あと、本書で「まずは、他の人にできることをする」(いわばギブ&テイクのギブを最初に)という点が書かれていますが、実際に氏はそのようなスタンスで素敵!
このようなテクニックに興味のある方はどぞ!
※お詫び
>他に献本下さっている方々
まだ読めておらず申し訳ありません!!お恥ずかしい限りです。

幸せは善であるか?

ちょうど最近、「幸せのトレードオフ性を持つか」という話を聞いた。
つまり、自分が幸せになれば、その+になった分の幸せは、ダレカガマイナスになっているというとらえ方で、逆は「みなが幸せ+になることもありうる」という見方である。
これは立脚点をどこにおくかで変わってくるけれど、行動経済学では確か、トレードオフになる(たとえば、皆の給料が100円で自分が80円と、自分が70円で他が60円の場合なら、後者を選ぶ)。
このデータだけをみるならば、人は相対的に幸せを感じると仮定し、そうした場合、幸せはトレードオフとなる。
ただ、もちろんマクロで見れば別の話になるし、幸せをどう数値化するか?という問題もある。たとえば、100年前より寿命は延びているのだから、それを幸せと仮定すれば、現在の方が幸せの総和は増えていることになる。
いずれにせよ、幸せという概念を耳にした。
そして、この幸せという概念がくせ者で。22歳くらいに成人式のテレビをみた。
その時に、その成人たちが一番の夢(目標)が「幸せになること」だった。それを聞いて、腹筋しながら見ていた私は激怒したね。メロスのごとく。テレビに向かってどなったさ。「アホか」と。
何度か書いた気もするけど、幸せは感情であって目的ではない。つまり、結果であって、目指す目標にはなり得ないはずなのだ。
「目標は幸せ」という言葉をきくと「ご飯なにたべたい?」「美味しいもの」という質疑を髣髴してしまう。
もちろん幸せが目標、という価値観が存在するのは理解できる。しかし、それはブレイクダウンする必要があって。たとえば「どういう時に幸せを感じるのか」「その場合を得るにはどうすればいいのか」というステップで考えて、そして幸せの後ろにある目標に落とし込むってのがスジだろう、と(一応フォローすると、細かくいうのがめんどくさいから幸せといったり、具体的幸せがあるけれどわかりやすく幸せという心理的機構があるんだろうけど)。
ただ、ここでふと思い立った。「目標は幸せ」と考える人は、「目標という文言=幸せ」という同義でないと捉えるから、そう回答するわけである。つまり「目標を達成した時の感情は、幸せや達成感、社会的貢献、征服欲、各種欲の達成」といった様々な感情を結果として得る中で、「幸せを欲しい」と言っているのではないかと考える。
しかし、一般的に「目標を達成する」ということは「幸せである」ことではないのかしら。と思った。
わからない。
ただ、そこでふと「幸せ」ということは善である価値観自体を否定できたら面白いんではないだろうか。
冒頭の幸せトレードオフ議論も、「他より良い=幸せ」といった心理があるから、幸せがトレードオフになるわけだ。
よって「幸せでないことが目指すことである」という価値観があれば、世の中はずいぶん生きやすくなるんではなかろうか。
確か、父親が「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」という山中鹿之助の名言をよく呟いていた記憶があるが、この価値観は凄いと思っている。
つまり「苦しいこと/大変なこと」を望むという価値観を持っていれば、世の中、恐ろしいものはないのではなかろうか。
これを通称「人生マゾ」と呼ぶわけだが、長距離ランナーも一種のその人種ではないか。というのも、フルマラソンを走ると「よくそんな辛いことするね」と言われるわけだが、その辛いことが楽しかったりするわけだ。
ある種、人生、チャレンジャーの人たちも人生マゾで、場合によってはこれは「挑戦する/闘う」ということにアドレナリン分泌しまくりの通称「平成のサイヤ人」が該当する。「つええ敵におらわくわくすっぞ」という奴である。
また、「たのしければハッピー原理主義者」においては、人生の振れ幅(いつか書いた差分)こそが妙味であって、「辛いこと」「マイナスなこと」もなければ、逆に不幸せという気むずかしい矛盾を内包した存在もある。これは通称、「東京大学物語のなんとか遙」と呼ばれる。
これらの人種は、必ずしも幸せを是としない。いや、是としているのかもしれないけれど、それを善としない。
いや、定義がややこしいな。つまり「一般的に他の人がうらやむこと」に対しての評価を高くもたない、くらいの方がいいのかな。
いやまぁ、何がいいたかったかというと、「幸せてきなもの」を目標におくと、幸せになりにくいのではないかと思うわけだ。つまり、余計な嫉妬やねたみ、うらやみ、自己比較が発生する(これは個別論になるけど、総論としては心理学的に、そのような傾向にある)。
逆に「幸せでない価値観(ネガティブな価値観)」を是とする価値観があれば、それは逆に人生を”幸せ”に享受できるという、すさまじい人生のパラドクスが隠れているんじゃないか、とふと思った次第。

東京マラソン顛末

2月28日、東京マラソンを走ってきた。せっかくなので、ご参考情報でも(周りでもランナー多いし)。
まず抽選であたったのはめでたいことです。倍率今年は10倍くらいだそうで。
ただ、当方としては4度目なので、「やっと」という気分。これ当選する方法もいくつかあるようです(ただ100%というのはなかなか難しいみたいですが)。知り合いには「毎年出てる」というごにょごにょな方もちらほら。
で、事前練習など出来るわけがなく。当日でさえもスケジュール的に参加できるか怪しかったのですが、まぁ当たった以上、出たいわな、ということで無理くり参加(結局、終わってから余韻もなく風呂も入れず仕事するハメになりましたが)。
ちなみに朝も出かける直前まで資料作成という自体に陥っていたので、防寒具の用意など出来るはずもなく(忙しさPRをするつもりは毛頭ないのですが、一応経緯を)。
土砂降りの5度の気温の中、傘も持たず現地に到着。そして、ざーざーぶりの中、Tシャツ・短パンという姿は我が身だけ。98%くらいの人が、傘やカッパ、ウィンドウブレーカーで雨対策。
いやさ、ランナーってそんなヌルイことでいいんすか、と一人思いながら、並ばらないといけない時間からスタートまでの30分をガチガチ歯を鳴らしながら待つ。しかも時計も見あたらなかったので、じゃらじゃら系時計というひどさ。
もはやこの時点で戦意喪失というか、意識が明後日の方向に。image, 1年でもっとも寒い時期に雨に打たれながらTシャツで30分、たちつづけるという苦行を。
そして、意識は「タイムだせるかな?」から「完走できるかな」になり、次に「今日までの資料まにあうだろうか」から「明日の仕事できるかな」と仕事ごとへ、そして「自分は何しているのか」、「私の存在は何なのか」のように哲学的命題に移り変わりゆきます。最終的には「マラソン保険ってあるんだろうか」みたいなよしなしごとまで。
でも、「不毛地帯のシベリアに比べればましか、と相対的に心を穏やかにさせます(小説版しか知らないけど)。
そして、偉い人のスピーチや同じことしかしゃべらないDJなどの慰みも終わり、9時10分出発。
立ち止まるつらさに比べると、どれほど嬉しいことか!
そして新宿都庁前から、港区の方に向かいます。最初の10キロはまぁ楽しい、と。そこから10キロは、気持ち的には飽きてくる。
街頭の「頑張って」という声援は非常にありがたいものの「がんばってるがな!」とかこっそり突っ込み、たまに「Fight」という応援幕も見かけ「闘え!ってことかしら。和製英語のファイトならカタカナにしようぜ!」とか一人毒づくものの、フォローしておくと、いずれにせよ東京マラソンの良さはこういう地元の方々との絡みでしょうね。天候さえよければ非常にありがたい感謝感激の励ましでしたが、天候の悪さで世界が敵にみえていたんす。
さて、港区に入り見慣れた風景になり、少し気分も気楽。iPodを持っていたものの、手がかじかんで、スイッチのオンさえ出来ない状態で20キロまで到着。
そして、そこから浅草の方へ。この辺で雨がやんできて、急にテンションもあがってきます。iPodもオンできるし。
街頭では「バナナ」とかの給食がでる(公式のもの)。たまに、非公式の方がチョコとか飴もくれる。「お汁粉」まであった。こういうのはとても元気がでる(それどころじゃなくてあまり口に出来ませんでしたが)。
20キロから30キロまでは楽しく走る。35キロくらいから、テンションだだ下がり。たまにボビーなんとかの芸能人もいる。
やはり、見慣れた東京の街を走るのは楽しい。「銀座四丁目」あたりは、人も多くて楽しい。「角を曲がると、そこは銀座だった」みたいな。
また、いたるところで催し物がされており、歌うたったり、バンドがあったり。ゆっくりは見れないけど、これもそこそこ楽しい。
コスプレしている人は、そこそこいた。サッカーのワールドカップのトロフィーやスパイダーマン、動物などなど。ただ、ホノルルに比べると少し少なかったかも。
そして、まぁ最後はゴール。運営のオペレーションはエクセレント。ほとんど待ち時間なく、「メダル」をもらって、タオルをもらって、「給食」をもらって、手荷物の返品まで至る。この辺りは感動。
※ただし、東京マラソンは「津波の心配の中の決行」や「オリンピックの期間中の開催(東京ってオリンピックに申請してたんじゃなかったっけ?)」で批難されていた点もあることを念のため注記しておきます。個人的には、その辺は価値観の問題なので評価いたしかねる。
タイムは相当悪かった・・・。どれくらい悪かったかというと、100キロマラソンの42キロ時点の記録より悪かったというほど悪かったので書かない。聞かれても言わない。
42キロマラソンは02年のホノルル以来ぶりだから7年ちょいぶり。ただ1度でも走ってるとペース配分がわかるので気が楽です。ただ、年の(以下、矜持のため自主規制)。
100キロマラソンの時は「あ、アキレス腱切れるかも」という恐れと共に走っていましたが、そういうのもなく(実際、ぷちぷちいってた)。
ただ、筋肉痛は案の定。地元の駅で降りたら、私と同じように足を引きづりながら階段をのぼる外国人がいて、妙な連帯感。お疲れ、というような。
総評としては、やはり東京マラソン、かなり楽しいマラソンでした(そんなに他の大会を走っているわけではないので絶対評価ですが)。皆様にも当選がありますことを願って。
参考:100キロマラソン (いけいけどんどん)

遠藤さん選挙スタッフを募集

先日、ご紹介した「遠藤ちひろ御大の多摩市長選挙、出馬」関連。
遠藤さんが選挙を手伝ってくれる方を募集しているそうです。平日夜だけでも、週末だけでも、自由な感じで、可能な範囲でOKとのこと。
学生さんでも、社会人でも問わないそうです。
私も過去には、お手伝いしたことも。色々学ぶことの多い経験です。あと遠藤さんは、後のアメリカ大統領くらいにはなる位の面白い方なので、それもおすすめです(実際、非常にユニークな御大です)。
もうあと1ヶ月、ラストスパート。東京最年少の市長選挙誕生へのスパートです。もはや現代の戦。熱き日々を過ごせること請け合い(体験談)。
ご興味ある方は、以下のお問い合わせか原田までご連絡頂ければ幸いです。
http://sitesrv.tank.jp/contcgi/form.html
よろしくお願いしますー。

メールの不達とツイートと

電子メールは不達の時がある。
たとえば、相手の迷惑メールに振り分けられている時や、相手が今は利用していないアドレスにメールを送った時、サーバのエラーなどだ。
そんな時、メールはどこにもたどり着かず、放浪の文となる。
そして、かなしいことには、自分にとっては、どのメールが不達か知るよしもないのだ。
仕事のメールなら、まだいい。返事がなければ「届いていますか?」や「電話」で対応することができる。けれども、プライベートのメールならば、そしてそれが時に「重たい」メールならば、「届いたか?」と確認することさえ憚られるだろう。
そして、送った方は、相手がメールを返していないという記憶を持ち、相手は読んでもいないのだから、知らないままそのメールは時空の狭間を彷徨うことになる。
なんて悲しい。
そんなことをふとtwitterのDMを見ながら思った。というのも、たとえば当方ではtwitterのDMスパムがけっこうな量になっており(1日30を超えるかも)、そもそもメールの通知も切っている。
だから、もしDMで誰かが連絡をくれても見逃すだろうなぁ、と思ったのだ。
そして、それは決してtwitterだけの話ではなく、メールや時に携帯メールでさえもそのようなことは起こるかもしれない。
見られることを前提としない文章はそれで存在意義があるが、宛先がついたメッセージが誰にも見られないとは、なんとももの悲しい。
たとえば作家のフランツカフカ。
彼は遺書に未完の原稿を燃やすことを記した。しかし、友人はそれらを燃やさず出版した。それらの中には、かの「城」や「アメリカ」「審判」なども含まれている。
もし友人が従っていたら、これらの物語は日の目を浴びることなく世界から消えていた。悲しい。
でも。
でも、たとい時にいくつかのメールが不達で埋もれてしまったとしても、それは何かしら人生の出会いと同じで「そういうもの」なんだろうなぁ、とも思う。
人生で、「たまたまの街角での出会い」があるように、逆に「本来起こるべきだった何か」が起こらなかったということもありうる。
twitterのタイムラインを見ていると、そのような岐路が色々紛れているなぁ、と。
ツイートの流れに「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」という川の流れを見たりして。
たららん。

匂いの復権

最近、匂いがなんだか力を増しているような気がする。
というか、単にアロマをよく目にするようななった、という程度なのだけれど。あるいは年齢に応じて、そういうのが目につくようになってきただけなのかもしれない。
中学生の頃は、インセンスだか何だかのアジアンテイストなお香が流行っていた気がする。ヤンチャな人たちは制服にその匂いをたきつけていた。バニラだか、ココナッツだかなんだか。
高校生になると色気づいた人たちが香水を使う。雄な方々もCKのなんだかとか、アクアなんだか、ウォーターなんだかなどさわやかさを求め、馬子にも衣装な形でそれなりに教室には幾分、匂いが漂っていた気がする。
いつからか、アロマのトレンドが増え、蝋燭を筆頭とし、オイルがでてきた。最近はスティック型のものもよく目にする。
今日、雨上がりに外に買い物に出かけた(クリップ)。
雨上がりの匂いが、昔の記憶を刺激して、なんだかおののいた。戸惑った。慌てた。自分がどこにいるか分からなくなるほどの濃い匂いだった。そして不思議なことにその匂いが何に結びついているかは明確でもなかった。ただ過去を意味するような匂いだった。
よく言われるように、匂いは記憶と密接に結びつく。それが妙技たるゆえんは、匂いは記憶として思い返しにくいからだ。
ニンニク程度の匂いだと香りを思い出すけれど、10年前に誰かがつけていた匂いはどこかに埋もれてしまう。
それでも、その匂いを再び嗅ぐとそれがトリガーとなり、同時に記憶がよみがえってくる。その「忘れてた度」と「思い出せる度」の差分が大きいゆえに匂いは情緒的な存在となる。
この所作はあらゆる小説や映画などでも利用されるほど、心理的インパクトは大きい。
時をかける少女ではラベンダーの香りが、辻仁成の「嫉妬の香り 」はタイトルにあるように匂いに纏わるエピソードで、あるいは村上春樹氏がウィスキーの本でその匂いに関して触れている。
個人的エピソードを1つくらいあげるならば、昔、留学時に知人が手紙をくれて、その手紙には香水が振られていた。粋なことをするものだ、と思った記憶がある。
そういう風に香りは人生を時に色もなく彩る存在となる。
とはいえ。
とはいえ、突然街中で過去を引っ張り出すのはかんべんしてよ、と思うです。

見えない敵と戦う少年

先日、信号待ちをしていた。
隣で小学生1、2年生とおぼしき少年がいた。
少年はジャンプを繰り返し、たまにパンチを繰り出していた。
何と闘っているのだ?と見ていたところ、どうやら車の影と闘っていたようだ。
車の影をジャンプで交わして、その影に攻撃していた。
見えない敵と戦う少年がいる、と思った。
この話は別段、少年に限らなかったりする。実は「見えない敵と戦う人」は少なからずいる。
たとえばジャーナリストの知人は「真実を暴く!」という信念で戦地にも向かう。そこにいるのは、局地的には「政府」「隣国」などがあるかもしれないけれど、大きなところでは「見えない敵」と闘っている。
政治や国営に携わる知人もそのような人が多いかもしれない。
ブログなどのWebメディアでも「おうおう、そんな喧嘩腰にならんでも」と思うほど牙をむきだし闘う人たちがいる。時には不正であったり、邪悪(evil)であったり、あるいは偏りであったりするけれど、いずれにせよ、長期的には何かしら「巨大な見えない敵」と闘っていたりする。
そんなことを考えながら交差点を渡って、道を折れた。少し進んだ。
その道では、男性と女性が2人歩いていた。男性はスタスタと道を渡った。その道は2車線の2方面で信号機のない場所だから、少しタイミングが難しい。
女性はそんな折「渡れないよ」と男性に声をかけて、男性は中央分離帯で止まっていた。
道を渡るということの是非はともかくとして、そこで「渡ろうとチャレンジ」するかどうかが1つの闘いでないかとふと思った。
いわば「何かへの挑戦」が1つの見えない敵との戦いになるのかもしれない、と思う。
以前、「人生は差分だ」と書いたことがあるのだけれど、もしかしたら、人生は「挑戦の総和」で決まるのかもしらんな、とふと思った。

時には電車の中で大口で

先週、夜。23時ごろ
打ち合わせの帰りに電車に乗っていた。大江戸線の六本木。
大江戸線は他の車両よりも空いていることが多い。それでも、この時間はそこそこ混んでいて。
ふと、妙齢の女性が座っているのが目に付いた。その容姿ゆえではなく「上に大口を空けて、爆睡していた」からだった。まぁ、その端麗な容姿とのコントラストが否応にも目を引いたのは否めないけれど。
周りの人は特に気にせず横に座っていたアフリカ系の人はiPhoneで熱心に何かを読んでいた。思わず中島みゆきのファイトが脳裏に浮かんだ。
一時の安寧とオリエンタルな地下鉄だった。
先週、夜。26時頃。
走ってこよう、と思ってマンションの部屋から1階へ向かった。
マンションの郵便受けを2週間くらい空けてないな、と思いながら、エレベータがN階で止まった。
エレベータ内から透明ガラスを通じて、N階を見ると、女性の部屋から男性が出てきていた。女性は部屋の中で、扉を開けたのが男性だった。
エレベーターのドアが空いて、女性が男性に怒っているのが聞こえた。男性は女性と目を合わせず下を向いていた。
ドアを空けながら私は「乗りますか?」と聞いた。男性が2秒ほど考えてから「すいません。先にいってください」と男性は言った。
平日丑三つ時の論争と慈しみのN階だった。
先週、夜。23時頃。
大学の同窓会的な何かで寄ったグローバルダイニング系の飲食店@恵比寿
トイレに立った私はテーブルの間を抜けて。ふと、女性が1人で食事をしていた。
周りは誕生日の祝いやカクテルショーで賑わしい中、そのテーブルにはシーザサラダとファフィータ、バッファローウィングにガカモレがところ狭しと並んでいた。
1人で食事する人は珍しくない「コンクリートジャングル」だけど、その量の多さが目について。
栄養素とカロリー以外の何かを腹に収めるように、その人は食事をしていた。
喧噪と哀愁が同席するテーブルだった。
都会の夜はドラマが溢れているな、と思う。嫌いではない。私が勝手にドラマを作り上げているだけかもしれないけれど。