時事ネタということで花火。
夏ですね、そうですね。
夏といえば花火ですね。先週末も今週末も花火ですね(伝聞推定)。
思えば最近、花火を見ていないな、と思った。いつぞやか隅田川の花火大会にいって、あの牛歩戦術に辟易した記憶がある。
花火というのは、不発弾が込み込みのような世界だそうだ。友人が、最近、花火の打ち上げをしてきたそうで、そんな話を聞いた(免許関係はクリアしながら)。
最初から、咲くことのできない花火とは、いささか寂しいな、と思った。でも、咲いたとて、咲かないとて、それらの総体が花火なのだから、それはそれで良いのかもしれない、と思った。
つまりは、明治維新を先導したのは一握りの人かもしれないけど、そこの途中で息絶えた人もそのうねりの一つだったように。あるいは、メキシコはメキシコシティから成り立っているわけでもないように。
でも、いずれにせよ花火は花火の良さがあるな、と思う。
究極まで圧縮されたエナジーのビックバン的爆発が何かしら人のDNAを刺激し、それは、ベタな例えでのリビドーとの飽和点と氷結の関係にもいささか似ていて、風情があるだけでなく、人が従来から持っている太鼓のリズムにも似たリズムが花火の音が彩り、太陽にも思える火の光が生肌を容赦なく照らすことによって、夏の、その真夏の蒸気の中で蒸された体温によって猛禽類のような臭気を放つ汗との猥雑な混じり合いが全ての五感を刺激し続け、それでもやむことのない重低音と光と、そして気が狂ったようにあふれかえる人の波の中でもまれる正気が蠱惑的で淫靡なアウラを創り出し、それはいささか、夏だからこそ、そして、雑踏のあふるる川縁だからこそ起こりうる刹那の風情がなんとも言えない。
「僕らはいつか飛び出す瞬間を待っている」
とは誰かの言葉だった。
つまり、花火が「一瞬で咲く」ということに自分が持つ何かを重ね合わせ、人はそれに代償としてのカタルシスを得る。
そして我々はいつか自分のスターマインを待っているのだろう
なんちて。
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信号が点滅前に走る人
ふと思ったのだが、世の中には2種類の人間がいて、それは
・信号が点滅する前に走る人
・信号が点滅してから走る人
の2種類である。
あなたは、その道を渡りたい。できれば信号でひっかかりたくない。距離は50メートル。青に変わって数秒は経っている。うまくいけば、このまま歩いて信号を渡れるかもしれない。できれば走りたくない、かっこわるいし。
そんな時に。
走る人、と、点滅してから走る人の2種類いる。
前者はリスクをヘッジすることが好きな人だ。後者はばくち打ちで「うまくいったら、走らないで済む」場合は走らないで良いのだから、それを前提に動くということになる。あるいは、点滅してから走っても間に合うかもしれないのだから、今から走る必要はない、と考えているかもしれない。
両方とも期待値をならせば、前者は常に走るために、「信号にわたれる(+5)」でも「走る(-5)」のリターンゼロで、後者は「信号にわたれる(+5)」が5割の確率で起こるとすれば後者の方がリターンは大きくなる。ただし後者も「ギリギリに結局走る」ということもあるわけだから、数値は変わってくる。また、信号にわたれるリターンと、走る場合のコストが同じということはあり得ないので(それならば最初から走らない)、実際は、前者もゼロにはならない。ただ、後者としては5割以上の確率で走らずに済む経験をしており、なおかつ、わたれなかったコストがそこまで大きくない人かもしれない。
ただ、いずれにせよ、まぁ、そういう2種類の人がいる。
そして、こんな違いが時に、人生を大きく、大きく変えることだってある。それは1つの違いによるものかもしれないし、あるいは蓄積された違いのインパクトのこともある。
誰だって経験があるだろう。
「あの日、あの時、偶然なあれが起こっていなければ、あれはなかった」というような経験が。もちろん、起こらなかった場合を体験できない以上、「起こった場合」と「起こっていない場合」を比較できないので、どちらが良いというものではないが。
ただ、いずれにせよ、そのようなちょっとの違いが人生を分かつこともある(くどいようだが、起こってない場合はわからないので、起こっていない場合も同じ人生もあることもあるが、ただ、傾向として、偶発性の再現は確率的に非常にレアなので、仮定として上記をおく)。
たとえばそれが
・メールアドレスの間違いで、届いたメールを返信したがために仕事の交流が始まった
・飲み屋で横に座っていた人が、自分の興味のあるニッチな話題の話をしていたので、思わずはなしかけたら共通の友人がいることがわかり、友達になった
・旅行先で、たまたま見かけた日本人に道を聞いたら一緒の旅路となり長いつきあいとなる
・たまたま友人が送ってきたFYIのメールがとあるWebサービスの招待状で、忙しかったのでみそびれそうになったけど、思い直して見てみると、結果的に、それがとある専門性を持ったサイトでその道に進むことになる
・ふとなんかに誘われて、その日は買い物にいく予定だったのだけど、なんとなくそっちにいったらほげほげ
みたいなものだ。
それは、「たまたまのキッカケを能動的に行動することで発生した何か」ということであり「単なる偶然」などの話ではない(たとえば、いつもいってるカジノで100万円当てたとか、受験の山勘があたって通ったとかではない)。
これはいわゆるセレンディピティの話とも同じで、「イノベーションや発明は、偶発的に起こる。でもその偶発性は、普段の傾向によって準備される」というような(違ったらすいませn)。運命の女神は前髪しかないとかいう例えも、つまりは、何かしら起こった時にすぐに行動できる何かしらが必要という例えではないか。
まぁいいや。こんな抽象的な話をしたいのではなく。
自分は、信号に向かって走る人かあるいは友人は走る人かどうかをふと考えたり。
名もなき週末の物語
先週末の金曜日、3人の女性を見かけた。知らない人だし、こんごも知ることのない女性だろう。ただ、おそらくその人たちにはその人たちの時間軸があり、そしてそれを彩る物語があり、そして、その物語を私は想像する。
■女性1
渋谷の文化村通りを歩いていると、1人の女性と1人の男性に擦れ違った。19時頃だから、これから飲み会に行くのだろうか。スーツ姿の男性とスーツ姿の女性。少し小雨の中をささっと歩く。男性が「だから、そこで僕が」なんとやらとつぶやいて、女性は視線を水平線から30度ばかり落とした先を見つめたまあ、うなずく。2人が平行して歩く時、お互いはお互いを見ながら歩かない。電信柱にぶつかるからだ。前を向きながら、「聞いているよ」という仕草もなく、ただ声だけを頼りにコミュニケーションを続ける。新入社員よりは少し歩き方が疲れていて、そして、バリバリのキャリアよりは1歩、歩みが遅くて、ただ目線が渋谷の地面を撫でて、そして男性のコミュニケーションが雨の後の地面をなめて。そして、週末の夜に向かって少しづつ視線は落ちていった。
■女性2
新一の橋近くのファミリーマートがある角で佇む女性。誰かを待っていた。5分裾のレギンスに7分袖の空色ボーダTシャツ。赤いナイロンのバッグを肩にかけて、UFJ銀行の辺りを眺めていた。日差しが強いのか、あるいは知り合いに会うのが怖いのか、角より少し路地に入った場所で、しゅらっと立っていた。平日の時間を考えると学生だろうか。他の可能性としては、スチュワーデスや主婦、平日休日のアパレル店員など何でもありえるとしても確率論から言えば、学生の可能性が濃厚だろう。彼女は恋人を待っているのかもしれないし、友達を待っているのかもしれない。ただ14時20分という時間帯はあまりにもアバウトな待ち合わせだ。30分に待ち合わせして10分前に付いたのかもしれない。でも、それなら、こんな時間から対岸を眺める必要はなかろう。あるいは、コンビニで雑誌でも立ち読みしておけばいい。それとも14時の待ち合わせで、まだ来ぬ人を20分待っているのだろうか。あるいは、時間は関係ないのかもしれない。自宅で待ち人を待っていて、「今タクシーにのった。ファミマでピックアップするから待ってて」と言われたのかもしれない。いずれにせよ、少し不安げなまなざしと少し猫背のシルエットは初夏の麻布十番に違和感なく収まっていた。
■女性3
時間は20時前。金曜日。飲み会に向かう人たちが電車を埋める。あるいは、疲れ切ったスーツの人々が帰路に着く。あまり混まない麻布十番も週末の夜は少しばかり混む。渋谷や新宿に比べるまでもないけれど、それでも改札が一つなのは混む要因になっているんだろう。でも、その分、改札前の待ち合わせを間違うことはないのだろうけど。南北線と大江戸線さえ間違えなければ。その中で、小走りに走る女性がいた。プリーツのワンピースをはためかせながらぱたぱたと。PASUMOを改札でビビっと鳴らし、小声で「すいません」とささやきながら人をかき分ける。モバイルSuica使えばいいのに、と余計なお節介を考えながら、彼女は3番出口に向かって走っていった。エスカレータも使わず、小走りに。左手にSuica、右手に何かの紙。これから飲み会でもあるのかもしれない。その場所のプリントアウトなのかもしれない。でも、この時代にそんなに飲み会の時間を厳守するなんて、なんともジェントル。もしかすると幹事なのかもしれない。あるいは、恋人を待たせているのかもしれない。あるいは、ブルーマンの幕があがるのかもしれない(20時だともう遅すぎる気もするけれど。知らないが)。そして彼女はどうして遅れたんだろう、と考える。仕事が長引いたのかもしれない。出る間際に電話やメールがかかってきて、送らなければいけない資料ができたのかもしれない。明日でいいや、と思っても週末だということを気づいて、週末に持ち越すのが嫌でやっつけたというセンシティブな性格なのかもしれない。あるいは、駅を乗り過ごしたのかもしれない。間違って赤羽橋までいってしまって、タイルの違いに違和感を憶えたのかもしれない。小走りに走るのは久しぶりで少しヒールが足を擦りむくだろう。
良い週末を、と誰かがつぶやくかもしれない。
村上春樹的「平和」な一日
本棚の整理をしていて、久しぶりに村上春樹の一冊を手に取った。村上春樹の小説の醍醐味は、「何気ない日常をなにげあるような一日として再構成」する点にあると考えている。そんなことを思いながら、過去のある一日を記す。
その日は、朝から晴れていたような気がするけれど曇っていたのかもしれない。記憶に残るような日差しの強い一日ではなかったのは確かだ。春にしては暖かく、夏にしては肌寒くというと陳腐な表現だけれど、いわば、「so so」「そこそこ」どこにでも転がっている気候の一日だったということだろう。時に気候は何の役にも立たないし、結局、役に立ったところでそれは後日論でしかない。天気というのは、結局のところ付随条件でしかないのだ。必要条件にたどり着くことのできないドアオープナーとしての存在を人は天候と呼ぶ。
久しぶりに会う友人だった。4年ぶりくらいだろうか。遠くからの距離でもぱっと気づけるということは、きっとその人の外形が記憶に残っているのではなく、もっと別の何かしらを記憶しているのだろうか、と思う。所作というものや立ち振る舞いというような何か。それを人はケビンスペイシーでもない限り、うまく消すことはできないのだろう。髪の毛を茶色から黒く塗り替えただけで主人を見間違う犬の世界とは違った世界に私たちは生きる。そして同時に引きこもりの私としては久しぶりに関係者以外で会う「他者」だった。
たどり着いたのは、少し階段をあがって少し階段を下がって、そしてもう少し階段を上がったお店。喧噪から少し離れ、それでも静寂からはほど遠く、ただそれでも幾ばくかは世知辛い細菌と日常に溢れた雑踏から逃れるように、のれんの奥に広がるエアポケットのような空間に逃げ込んだ。
同僚であれ、同級生であれ、友人であれ、同じサークルであれ、一時の時間を共に過ごした人間は、たとえ両者/関係者を分かつ時間が増えても、その関係性の希薄化の程度は、その空いた時間に比例しない。おそらく1ヶ月くらいの空き時間と5年の空き時間は1.1倍ほどの違いでしかない。逓減は1ヶ月くらいで臨界点に達し、あとは誤差の範囲での平行線をたどるのだろう、と思う。
とある国の話をした。特定の国ではないのかもしれない。しかし、その国はきっとどこかにあって、そして両者にとっては、追い求める国の一つだったのだろう。日本とは関係のない国で、おそらく新聞には週に1回も出ないような国。NHKのニュースになんか1年に1回も取り上げられないかもしれない。
相変わらず、その人は、そんな国を追いかけていて、そして私も違う形でその国を追いかけていて。でも、それに対してどのようなアクションをとれるかは不明確で、そしてマイルストーンも見つからなくて。そもそも、その国が特定できないのだから、リサーチさえも無意味で。でも、方法はきっとどこかにあって、その方法を探しあぐねる。たとえ話でいうならば、新大陸に向かうコロンブスのような。黄金の国はきっとどこかにあって、でも、どこにあるのか、どのような国なのかはわからなくて。それでも彼女はそれに短くない時間を費やし、そして私もまた闇夜に紛れて、その国への思索に耽る。
平和に関する話を聞いた。浅学非才の私の知識では、平和とは「戦争のない状態(byクラウシェビッツだったっけ?)」だった記憶があるのだけれど、もう少し最近の学問では、「貧困、抑圧、差別などの構造的暴力がない世界」を「積極的平和」として見なすらしい。「万人の万人に対する戦い」の中に平和が定義づけられんとしている。ねえなんともロマンチックじゃありませんか。たとえ、それがどこにもたどり着かないエルドラドだとしても、そこに一筋の光はきっとあって。大海原でさまよってサブイボたてる我々も光の差す方に向かっていて。
なぜか国際政治の話をしていると私は高揚する。もっとも軍事やいわゆるところの「戦略論」のようなものではなく、やはり、今後1000年の間でどのような世界が待っているか?というような論点だ。国という定義はおそらく変わり、「グローバリゼーション」は死語となり、そして、何かが変わり、何かはきっと変わらない。
大学時代に学んだことは、今の実務では直接的に役だってはいないかもしれないけれど、きっとこの世界には私を引きつける何かがあって。それが例え青臭い議論だろうと、あるいは理論に裏打ちされたどこにも届かない海上のレコンキスタだとしてもそこには常に何かしらのよりどころがあって。そんなことを思いながら、ヴェーバー先生の「イデオロギーとは神々の永久闘争だ」との箴言は今でも私の生活にまとわりつく。
夜鳴く鶏
タイトルに他意はなし。思いつき。でも、夜に鳴く鶏がいてもいいんじゃないかと思う。でも近所迷惑だから排除されるかも。鶏の世界において、鳴く時間の多様性は淘汰されてしまうのだ。しかし、そもそも鶏は飛べないのに鳥という非常にユニークで独創的な確固たるアイデンティティを持っているので、それはそれで差異化を生み出しているのだから、それ以上の分化は避けるべき定めなのかもしれない。でも、それってばアイデンティティではなく、独自の個性であり、あるいは、機能なのかもしれない。日本画は、空白を描くという素晴らしい特性を持っているが、鶏も飛べないという「欠落」が独自の機能として作用しているのかもしれない。彼ら(ないし彼女ら)が、なぜ飛べないのかは、私はあずかり知らぬところだけれど、調べる意欲もないけれど(こういう時にPoPInは便利なのだろうか)、まぁ鶏が飛べないというのは、このように人口に膾炙するという点で、PRにおけるフックというかスパイクになっているのだろう。ただし、鶏が知名度をあげたところで、生存における価値はなかなか上昇しないから、結局はROIを無視した戦略になるのかもしれない。ただ、希少価値が高まるとペットとして飼う人もでるゆえに、そこにおける生存可能性(ないし、ベターな生活)は確保されると考えても良いかもしれないと思うが、結局、それは間違いで希少価値が高まれば生産する人が増えるという市場原理が働くので、結局比率は同じに落ち着くのだろうと思う。ただ、種の保存の観点から言えば、頭数が増えれば、種の保存も確保される傾向にあるので、そう考えると、鶏が飛べないというのはちゃんとした理にかなったものかもしれない。ただ、ここで気をつけたいのは、「飛べない」ということの利点が「不利益」を上回る必要があるということだ。つまり、飛べないということで、他の生き物に食べられたり(犬とか人とか)、あるいは馬鹿にされるというネガティブ名声を受ける不利益を利益から差し引かなくてはならない。そう考えると、結局、イーブンな気もしてくるが、それの数値化は厄介なので避ける。ただ、思うに、オムレツはおいしいので鶏さんにはがんばって頂きたい。
ふとした変化の気づき
なんてことはない。髪型の話である。
一般論として、女性は髪の毛に力を注ぐ傾向にある。たまに髪型を変える。カットならまだしも、パーマにカラーリング、梳くなどなどもある。場合によっては「洗ってもらってきた」という場合さえある。
そして、一般論として、男性はそのような変化に気づかない(生物学上で相対的に)。というか、気づかないというか、認識していない。
この話は世の中、いたるところに転がっており、村上春樹の「ノルウェイの森」でも、一つのエピソードとして語られる。ある友人以上恋人未満の2人で、女性が大きく髪型を変えたのに男性が気づかず絶縁されるというような。
いや、これは男性の注意力緩慢さや嗜好性の違いといった性差を強調するつもりはないのだけど、なんというか、しびれる。世の中の声を聞いても、このような気づきの見落としによる諍いを少なからず聞くことがあり、なんか世の中は罠だらけだ。
ただ、自己PRとしてここ一週間前後で4人ほどの髪型の変化に気づいた。会った人数から考えるともの凄い確率のチェンジである。その確率を考えるに、もはや会う人全てに「髪型変わったね」とタモリメソッドを使った方がいいのではないかと思うほどだけど、そんなことをしていると「変わってへんよ。適当やな」と、今度は注意力散漫から適当の烙印を押されるので、それはそれでしびれる。
また逆に言えば、気づいたのがその数で、おそらくその裏には気づかなかった数も多分にあるわけで、なんというかしびれる。成功した企業の裏には数百、数千の失敗した企業がなかなか目につかないのと同じ論理だ。
悩ましい。しかも、明らかに変わっている場合はよいとして、「55%くらいの確率で変わったか?」と思う場合、「髪型変わった?」と聞くのは、「2年ぶりに再会した人の名前をうろ覚えでしゃべってみる」というくらい度胸のいるもので、間違った場合のリスクは前者の方が低いものの、なんというか、心境的にはそれくらい怖い。
で、何が言いたいかというと、変化の兆候は事前の会話から読み取れ、ってなことでした。
(宣伝)BizGpがなんだか面白いことをなさるようですよ。
ラブリー龍吾が率いるBizGPですが、おもしろさげなことをするようです。
井上塾
本気で起業したい学生、もしくは、本気でビジネスを成功させたい学生起業家を対象に、事業計画の立て方、ビジネスの考え方を講義します。講義終了後、最終プレゼンテーションにて秀逸なプランには、井上が個人的に投資をすることもあります。
だそうです。
「このビジネスプランゴイスー」という人は参加されてみてはいかがでしょうか。いろんなもん教えてもらって、さらに投資してもらえるかもです。うらやましい。
対象は学生に限らず
1. 学生(大学生・大学院生・専門学校生)
(既に法人を持つ学生起業家の場合は役員社員含め5名以下の場合のみ可)
2. 真剣に起業したいと考えている方、若しくは真剣にビジネスに取り組みたい方
3. 住・健・学・働・金の5つの分野で人の暮らしをよくするビジネスを行いたいと思っている方
だとか。
なお9日締め切りだそうです。
応募締め切り 8/9日(木) 23:59
書類選考の後、面接により井上塾入塾の合否を決定いたします。
書類選考、面接の結果は、メールにてお伝えいたします。
募集数 5チーム (個人でもチームでも応募できます。)
ご興味ある方はご応募されてみてはいかがでしょ。
ウユニ
先日、この記事を見て。
雲の上を歩ける!? 場所、発見!! | エキサイトニュース
もう「雲の上を歩く」ときたら、「ウユニ」の枕詞なわけですよ。こう来ると、ウユニしかない。
ボリビア。もう響きがいいですよね。
で、最近はやたら旅行熱が再度、高まってきた。かれこれもう1年いってないからなぁ。海外は。最後がグアムか。あ、スキューバのライセンス!まぁいいや。
で、そうだ。ウユニの話をしようとしたんだっけ?
旅の話をしようとしたのか。
んと、そうだなぁ。
ウユニの話をしよう。
ここはですね、巨大な塩の湖なんですよ。で、表面に数センチだけ水がたまっている。季節によってみれないんだけどね。
で、ちょっとした水がたまってないから、車がその上を走れるのさ。ランクルで滑走ですよ。すげー気持ちよい。
でも、そこにいくまでが大変ですね。サンペドロアカタマから入ったんかなぁ。そういうイカス名前の街があって。アカタマかも知れない。ぼく、言語障害なので、どっちが正しいかわからん。
で、その前に、そうだ。ビーニャデルマルというチリのリゾートにいたんですよ。とはいえシーズンオフで、しけた感じだったんだけど。
何もない坂の上にね、日本人が溜まる宿があって。
朝から麻雀したり、本よんだり、麻雀したり、みなで料理つくったり、麻雀したり、洗濯したり、麻雀したりと色々まぁ、愉快な宿で。
それはよかったんだけど、犬にかまれて死にそうになっていたあるよ。原田が。
狂犬病リスクで。
で、ひぃひぃいいながら、チリの首都サンチアゴをかろやかにスルーして、アタカマにバスで向かったあるよ。だいたい24時間くらいかかったかも知れない。で、熱でて。
いまでも覚えてるわー。腹くだしてバスの中で悶絶していたのを。まぁいい思い出だ。
で、アタカマはもうなんつーか、古き良き時代の日本。もうコオロギとか居そうな雰囲気。まぁ乾燥しているから、もっと殺伐としているのだけど。でもネットカフェもあったよ。そこからメールだした気がする。Gmailはなかったっころのお話。
たまたま日本人の人とレストランが一緒になって。で、話してたら、なんかのボランティアできたんだっけなぁ。ああ、そうだ。彼女さんが、ウルグアイのNGOかなんかしてて、彼氏が遊びにきてて観光でウユニにきてたんだ。
まぁ、それは良いとしても、で、そこからウユニなんだけど、基本アジア人いなかった。日本人はツアーでいくのかな。わからんけど。で、現地からランクルでいくわけだけど、常にテンションマックスの白人たちが車の中でさわぐのなんの。
熱で死にそうになっていた僕は、もう車酔いするわ、高山病で死にそうになるわふんだりけったり。
しかも宿では、超卓球。白人なのにピンポンごっつうまい。
まぁそんなんどうでもええな。まぁいいや。うん
ウユニいったことがあるって自慢したかっただけかもせーへん。
上海ベイビーをやっ
上海ベイビーをやっと読了した。
読み始めてから1年もかかってしまった。
詰まらなかった、だとか
分量が多い、とかではない。
ひとつは、読むのにあまりにもパワーがいる小説だったこと。
もう一つはゆっくり読みたかったから、時間がかかった。
筆者は、衛 慧という。
weihui、なんと奇麗な字面、そして音。
上海では、この衛 慧の別の作品を翻訳している方と
お会いする機会があった。
あれは何というホテルだったろうか。
そこから連れて行ってもらった食事亭は、非常に味のあるものだった。
民家の中にテーブルをおいただけのようなところで。
実際、夜中になると、テーブルがどかされ、そこに布団が引かれる。
トイレは公共のトイレを使う。
でも、食事の味は絶品で、炒飯がとても美味だったのを覚えている。
そして麻婆豆腐と。
さて上海ベイビー。
この小説は、村上春樹におけるフィッツジェラルドのような意義が
私にはあるように感じた。
村上は、グレートギャッツビーを評してこう言った。
いつ読んでも、どのページを読んでも無駄な一行がどこにもない。
気が向いた時にぱらっとページを捲って、目に入った行をゆっくり読むんです
というようなことを(記憶なので曖昧)。
つまり、いわば、最初から最後まで時系列で読む必要はない。
ぱらり、とめくって、そのページを読むだけでも楽しむことが出来る。
世界には、そういう小説は数多くない。
そして、どのページにも一行は珠玉の一行が含まれている小説なんて
尚更ない。
多分言葉の美しさに惹かれたのかも知れない。
例えば。
創作こそが私を唾棄すべき凡人たちから分け隔てうるものなのだから、私をボヘミアの薔薇の灰燼のなかから蘇らせるものなのだから
ボヘミアの薔薇の灰燼ってば、そんな言葉、よく出てきたねぇ、とか。
あと、非常に山田詠美と印象を似ているように思った。
例えばこのようなところ。
冷たい態度にはそれなりの態度で応じなければ不公平だ。
私はそうやって自分を守る
山田さんのどっかの小説でも同じフレーズがあっても何もおかしくない。
詠美好きな誰々さんとかは、きっとこの小説気に入るだろうなぁ、とか思ったり。
あと個人的には、この辺の一文では、ジャンフィリップトゥーサンを思い出した。
そのままだけど。
彼にとってお風呂はすべての面倒を解決するために真っ先に行くべき場所であり、
浴槽は母親の子宮のように暖かく安全で幸せな場所だった。
清らかな水で身心を洗えば自分が夜の塵粉から離れ、
うるさいロックミュージックからも離れ
やくざやチンピラやごろつきからも離れ
自分を痛めつけるいろんな問題や苦痛から離れることができるのだ
ともあれ、それで、上海の事を色々思い出した。
思い出していると携帯が鳴り出した。
そこで、さらに、上海で携帯電話を無くしたことも思い出した。
そう考えると、上海の一ヶ月は携帯電話なしで過ごしていたのだ。
無論、海外旅行行く人のたいていはそうかも知れないけれど。
でも、やっぱり日本にいて、携帯がない生活というのは
なかなかイメージしにくい。
携帯がなければ、友人の日々のコミュニケーション云々は
PCメールや手紙やメッセンジャーで代替できても
待ち合わせや、仕事の段取りなどは大きく支障をきたすだろう、と。
それに携帯を持っていて鳴らないならばならないなりに
携帯の効用がある。
それは、世界は須らく予定通りに回っているということを知れるからだ。
誰かが事故にあったわけでもなし、
あるいはあの予定がスケジュールされるわけでもなし、
または、親が他界したわけでもない。
携帯がならないことで、我々は、世界が平穏だということを知ることが出来る。
その点においても携帯の効用は大きい。
でも。
でも上海ではその携帯さえもWorkしなかった。
親は僕に連絡を取ることは出来なかっただろう。
そして、唯一外界との連絡網は、すぐに切れる大学寮のPCだけだった。
陸の孤島というには、あまりにも人民広場から近い大学だったけれど、
それでも、今、思い返せば携帯のない生活は
やはり悪くなかったように思う。
上海ブギウギっ